第696話 浮世絵



 私の絵はこの世界には早すぎたらしい。まさか一人の絵師を狂わせてしまうとは……。


『やはり邪神』


≪まごう事なき邪神≫


「邪神を弟子にした覚えは……覚えは……う~ん……」


【SAN値チェックに失敗しましたか】


 やっかましいわー。


 ツッコミをしていると、そのとき不思議なことが起こって浮世絵の現物が現れた。具体的に言うと『大橋あたけの夕立』とか、『神奈川沖浪裏』とか。


 あとはついでに浮世絵の元になる版木も取り寄せてーっと。


『気軽に時代を超えるな』


 気軽に超えられるのだから、いいじゃない。


 初めて見る浮世絵に、狩野松栄さんはまたまた衝撃を受けたようだ。


「なんと、雨をこのように表現するとは……。それにこちらは何と壮大な構図……。波をこのように描くとは……」


 なんかもう気絶しそうな松栄さんだった。


『そりゃあ天下の迷作と歴史に残る傑作を次々に見せられたら……』


 誰の絵が天下の迷作じゃーい。


 この浮世絵、本業である松栄さんはもちろん、画材の受注に来た生駒家宗さんと今井宗久さんも興味を引かれたようだ。


「ほぅ、何とも見事な絵で御座いますなぁ」


「これは……版画でしょうか?」


「はい。一色ごとに版木を作り、複数色の印刷を可能にしているのです」


「なんと、一色ごとに版木を準備するとは」


「豪勢なことで御座いますなぁ。いやしかし、この完成度であれば惜しむ手間でもありませんか」


「……どうです? 作り方を教えるので、大量生産してみません?」


「大量生産ですか……」


「確かに売れそうですが、あとは原材料がいくら掛かるかですな」


「ちなみに美濃では水車動力による紙の大量生産に着手しようとしていまして。こちらそのサンプルです」


 空間収納ストレージから美濃和紙(仮)を取り出すと、商人二人は興味深そうに撫でたり光に透かしたりし始めた。


「ほぉ、これはまた上等な……」


「これはむしろ他の用途でも使いたいくらいですな」


「どうぞどうぞ。まだ大量生産はできませんが、いずれは可能になりますので」


「はははっ、さすがは帰蝶様。商売が上手いことで」


「ちなみにお値段はいかほどで?」


「このくらいでどうでしょう?」


 パチパチと算盤をはじく私。


「いや、そこはもう少し何とかなりませんか?」


「この値段では浮世絵も高くなってしまいましょう」


「では、もう少しお勉強させていただくとしまして。最初に作っていただく浮世絵は、こちらで指定させてもらいましょう」


「ほぅほぅ? なるほど、その絵とは?」


「先ほどおっしゃっていた三郎様とクマの対決絵でしょうか?」


「いえいえ、もっとカッコイイ絵を準備してもらいましょう」


 くすくすと笑いながら、私は、言った。


「――織田信長と、今川義元の一騎討ち絵を」




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