第572話 閑話 三ちゃん大丈夫? キャラの濃さで負けてない?


 堺で一休みをしてから、尾張に帰る。

 そんな算段を付けた信長が淀川に向かうと――乗ってきた船を繋いでおいた川湊に、二人の男性が立っていた。


 一人はまだ年若い男性。なにやら妙に穏やかな雰囲気を纏っている。戦国時代にありながら虫の一匹も殺せなさそうな。


 だが。

 帰蝶との付き合いから、そういう人物こそ注意するべきと学んだ信長である。


 もう一人は中年の男性。こちらは見るからに油断ならぬ雰囲気を放っているのだが、どことなく平手政秀に似ている気がする。つまりは苦労人気質。


「おお! もしや、織田三郎殿でありますか!?」


 なんとも人懐こい笑顔を浮かべながら、年若い方の男性が近づいてきた。


「で、あるが。そなたは?」


「これは申し遅れました。拙者、三好筑前守長慶で御座います」


 三好筑前。

 その名を聞いたことがあったのか、信長の後ろで森可成がわずかに息を飲んだ。


「いやぁ、拙者、斎藤帰蝶殿にはたいへんお世話になりまして。聞くところによると三郎殿は帰蝶殿の夫であるのだとか。これは誼を通じておかなければなるまいと思い、堺からやって来たのですよ」


「お、おう、そうでありましたか」


 最近は改善してきたとはいえ、他の人間に比べれば口数が少ない信長である。立てかけた板に水を流すように喋る長慶の話術に圧倒されてしまっていた。


「雨や霧で三郎殿のご活躍を直接目にすることは叶いませんでしたが、報告は受けております・・・・・・・・・・。混乱する敵に対する一気呵成の突撃。いやぁ、この目で見ることができなかったことが残念でなりませぬな!」


「…………」


 報告を受けた。

 要するに、忍びを付けていたのだろう。しかも、顔見知りばかりである信長の馬廻衆の近くにあって怪しまれず、信長たちよりも早く淀川へと戻り、長慶に報告ができるほどの腕利きの忍びを。いくら信長たちが敵を撒くために真っ直ぐ淀川へ戻ってきたわけではないとはいえ……。


 三好長慶。

 その名を聞いたことがない――あるいは聞いたことがあっても忘れてしまっている信長は、心当たりがあるらしい森可成を横目で見た。

 如才ない彼はそれだけで信長の真意を察し、長慶についての情報を耳打ちする。


 中々に大きな・・・人物であるようだ。


「……筑前守(長慶)ほどの人物が、供も連れずに斯様な場所までやって来るとは……」


「ははは、なぁに、この久秀は戦巧者でもありましてな。いざとなれば久秀に任せておけば安心というものなのですよ」


「…………」


 いくら何でも無理ですぞ、という顔をする松永久秀であった。この主従、見た目は『盆暗主とそれを意のままに操る佞臣』なのであるが、実際はこうである。


「信長殿は戦帰りで疲れておりますでしょう。ぜひ尾張に帰る前に堺にお寄りくだされ。大した腕ではありませぬが、茶でも一杯点てさせていただきたく」


「……いや、長慶殿ほどの人物から茶を点てていただくなど。これは父上にも自慢せねばなりませぬな」


 はっはっはっ、と、笑いあう信長と長慶であった。




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