第690話 やはり傑物
「しかし、城をあっさりと諦めるとは。気前のいいことであるな三郎よ」
ジロリと信長を睨め付ける信秀。少し前までの信長であれば冷や汗の一つでも掻いただろうが、良くも悪くも帰蝶のせいで慣れてしまったようだ。平然と、余裕すら漂わせながら返事をする。
「はは、
「……ふん、兄弟仲がいいようでなによりじゃ」
信秀としても、美濃東部を即座に制圧してみせた近衛師団相手に母衣衆だけで何とかなるとは考えてはいなかったので、その辺を問い詰める気は毛頭なかった。むしろ、自分に対して真っ向から
むしろここで変にこじれず、
それを素直に褒められず、わざわざ睨み付けてしまうところが織田信秀という男であった。
信秀が信長から帰蝶へと視線を移す。
「さて。此度の一件、嫁殿はどこまで関わっておるのじゃ?」
「いえ、私はほとんど関わっていませんよ。父様のお手並み拝見していたので」
二度目の問いかけであるせいか素直に答える帰蝶であった。最初から素直に答えろと思わないでもない。
「ふむ、『ほとんど』であるか」
「ふふ、そこはあまりお気になさらず。清洲城奪取とは関係ありませんから」
「で、あるか」
どこまで本当であるか疑わしい信秀だが、この女が素直に答えるはずがないし、この飄々とした態度では嘘か真か読み取ることも難しい。「そういうことにしておこう」と決め、話を先へと進める。
「マムシめは何を企んでおるのじゃ?」
「私にも分かりませんね。こんなの、尾張にケンカを売るようなものだと思うんですけど」
「尾張と喧嘩になれば嫁入りもなくなるかもしれぬ。だというのにずいぶんと余裕があることだな?」
「ふっふっふっ! 私と三ちゃんの愛は! この程度で邪魔されたりはしません! むしろ愛を深めるスパイスとなるでしょう! ロミオとジュリエット的な! いや私がジュリエットだったら邪魔者すべて消し飛ばしますけど!」
「……で、あるか」
なんだかよく分からない言葉があったが、この女の言動がよく分からないのはいつものことなのであまり気にしないことにする。
ここで重要なのは、帰蝶が、信長との結婚に支障が出るとは考えていないことだ。こうして恥じ入ることもなく信秀の元にやって来たのだから、尾張との関係も「なんとかなる」と考えているのだろう。
「ふむ……。普通に考えれば清洲を手に入れ、大柿城(大垣城)との連絡を絶つことを狙っているのかもしれぬが……」
読み切れぬなぁ、と判断した信秀は、自らの膝を軽く扇子で叩いた。
「――嫁殿。道三坊主と会談をするぞ。委細任せるので、上手いことやってくれ」
さすがに予想外だったのかわずかに目を見開く帰蝶。そんな彼女を見て、「してやったり」とばかりに笑う信秀であった。
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