第117話 織田信勝


 脱兎のごとく逃げる信勝君。


 逃げられたら追いたくなるのが人情よね!


『鬼か貴様』


 プリちゃんのツッコミを後方に置き去りにして、転移魔法で信勝君の前に移動する私。さぁ! お義姉ねぇちゃんの胸に飛び込んできなさい!


「みぎゃぁああぁああっ!?」


 踵を返してさらに逃げ出す信勝君。転移魔法で先回りする私。じっくりたっぷり5回ほど繰り返したところで――



「――いいかげんにせんか」



 三ちゃんから『ぱし~ん』と空手チョップされる私だった。もちろんこの時代に空手チョップなんてものはないけど以下略。


 ふっ、三ちゃんとイチャイチャしてしまったぜ。


 私がニヤニヤしていると、信勝君は素早く三ちゃんの後ろに隠れてしまった。


「あ、兄上! 山姥です! 山姥が出ました!」


 まったく節穴である。どこをどう見ると私が山姥になるというのか。



『銀髪赤目。和服とはかけ離れた衣装。逃げても逃げても目の前に回り込まれる……。どこをどう見ても山姥では? 妖魔の類いでは?』



 冷静に山姥っぽいところを列挙するのは止めてください。そろそろ泣くぞ?


 え~んえ~んと泣き真似していると、三ちゃんが信勝君の頭を撫でた。


「勘十郎。そう怖がるな。いくら此奴こやつとて取って食いは……、…………、……せぬ、はずだ」


 さんちゃ~ん? その自信のなさは何かしら? ここは夫として『安心安全なわしの妻じゃ!』と断言するべき場面じゃないの?



『日頃の行いですね。是非も無し』



 是非とも否定したいのですが?


 信勝君がおそるおそる三ちゃんの背中から顔を出す。


 なんだか思ったより仲良さそうね? 史実的にはもっとギスギスしているかと。



『以前の信長はどこからどう見ても『不良うつけ』でしたし。少年信勝からしてみれば近づきがたい存在だったでしょうね。でも今の信長はきちんと髷を結い、折り目正しい服を着ていますから……』



 頼れるお兄ちゃんになったと?

 つまりは私がちゃんとした服を着せたおかげらしい。さすが私である。天下万民は私を称えるべきである。


『……そういうところがいまいち尊敬されない理由かと』


 そ、尊敬されるためにやっているわけじゃねーし? ぐすん。


 シュンとする私をチラチラ見ながら信勝君が三ちゃんに問いかける。


「や、山姥でなければ、何なのですか? 妖術師? 呪術師? よもや、父上の病気平癒祈願のために白山巫女シラヤマミコを呼んだのですか?」


「はっはっはっ、そう怖がるな勘十郎。訳の分からない女であるが、悪いやつでは……、……………、……うむ、是非に及ばず」


 さんちゃ~ん?


 私が笑顔で圧をかけると三ちゃんはさっと目を逸らしてしまった。


 と、そんな私たちのいちゃつきを信勝君は戸惑いの目で見ている。


「ず、ずいぶんと親しげですが……兄上のお知り合いですか?」


「うむ、知り合いというか……いずれは我が妻になる女よ」


「……つま? 妻、ですか?」


「で、あるな」


「斯様な山姥――失礼。恐ろしき女をですか?」


 信勝君。言い直した意味がないわよそれ?


 そんな信勝君の反応に怒るでもなく三ちゃんは信勝君の頭をガシガシと撫でた。


「はっはっはっ。此奴こやつは銭に目がないし容赦はないし腹は黒いが、可愛いところもあるのだぞ?」


 きゃ♪ 三ちゃんから可愛いって言われちゃった♪



『いえその直前までの評価を嘆くべきでは?』



 プリちゃんのツッコミは風に溶けて私の耳まで届かなかった。不思議なこともあるものだ。


「可愛い、ですか……」


 信勝君は驚愕を隠さずに三ちゃんと私を交互に見つめ、そして――



「――何という器の大きさ。なるほど、父上が『うつけ』であった兄上を次期当主に据え続けた訳、遅まきながら理解いたしました。我が見識の何と狭きことか……」



 きらきらとした尊敬の眼差しを向ける信勝君だった。


 なんか知らないけど和解したっぽい。私のおかげっぽい。さすがは私である。


『自らを道化にして兄弟仲を取り持つとはー。さすが主様ですねー』


 ものすっごい棒読みで褒められてしまった。照れるなぁもう。



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