第114話 織田信秀
着替えたので腰に巻かれた三ちゃんの上着はもう必要ない。さっそく返そうとした私だけど……気づいた。気づいてしまったわ私!
ここは好きな人の上着をクンクンして『彼のニオイがする♪』と胸キュンするべき場面なのでは!?
『変態だぁ……』
ただの恋する乙女なのに。解せぬ。
プリちゃんからドン引きされているけどこのチャンスを逃す手はない。私は素早く三ちゃんの上着を鼻に近づけて――
「――くっさいっ!」
ちょっと乙女心でも誤魔化せないレベルのニオイだわ! 鼻曲がりそう!
『そりゃあ、この時代は毎日風呂に入るなんて習慣はありませんし。服を頻繁に変えるなんてもってのほか。さらに信長は日々鍛錬して汗だくでしょうし……是非も無し』
是非もあるわ。
とりあえず、
『……神聖な儀式を前に、『場』を浄化するための魔法をそんな簡単に使わないでもらえません?』
魔法とは使うためにあるのだ。と格好いいことを言ってみる私である。
まぁ、とにかく。
三ちゃんの先導で私たちは末森城に入った。
◇
「ほぅほぅ、これが末森城。出来たばかりだからやはり現代の『城跡』と比べるとショボいというか規模が小さいわね」
末森城。あまり有名じゃないけど名古屋という大都市の住宅街にありながら戦国時代の原形を残しているため『奇跡』と称されるお城なのだ。
うん、この時点ではまだ丸馬出は作られていないみたい。やはり丸馬出は『のぶお』の時代まで待たないとダメか……。
『……信長の次男は
マジかよ。ボケたつもりだったのに。
『人の名前でボケないでください』
あいすみません。
人の名前で遊んじゃいけません。帰蝶覚えた。
私が学習していると三ちゃんが先導する形で末森城内に入ることができた。いや門番さんがすっごい訝しげな目を向けてきたけどね。止められなかったのだから問題なし。
そのまま御殿っぽい建物に案内され、光秀さんは別室で待機。私は奥の部屋まで連れて行かれることになった。
そこそこの広さがある畳張りの部屋。襖の前に立たされたのはいいのだけど……なぁんか、襖の向こうの部屋に気配がある。一人二人じゃなく、十人単位で。
平手さん? 奥の部屋、なんかメッチャ人が集まっているんですけど? あなた『公式な場ではありませぬし……』とか言っていませんでしたか? てっきり一対一とかそのくらいでの対面だと思っていたんですけど?
じとーっとした目を向けると、さっと目を逸らす平手さん。確信犯らしい。いい度胸をしておられるわ。
『まぁ、『公式な場ではない』とは言いましたが、『家臣を集めてない』とは言っていないのですから、悪いのは勘違いした主様なのでは?』
プリちゃんはどっちの味方なのかなー?
『主様と平手さんなら、平手さんの味方をするべきでは? 生物としての
どういうことやねん。そろそろ泣くぞ? えーん。
嘘泣きしていると襖がスパーンと開けられてしまった。いやこういうのって『帰蝶様のおな~り~』とか声かけ(?)があるんじゃないの?
――目。
目。
目。
目。
好奇の目。疑惑の目。警戒の目。あるいはストレートに嫌悪の目。なんともまぁ多種多様な感情を向けられてしまった。もうちょっと好意的な感情があってもいいんじゃないかしら?
『そりゃあ、幾度となく辛酸をなめさせられた『マムシ』の娘ですし。山姥としか思えない銀髪赤目ですし。薬師如来の化身と名乗って阿伽陀(ポーション)を売りさばいているのだから是非もないのでは?』
つまりはすべて父様が悪いらしい。おのれ美濃のマムシ、許さんぞ。
『そういうところです』
こういうところらしい。
まぁ父様への八つ当たりはとりあえず置いておくとして。事ここに至っては逃げることもできないので部屋に踏み込んだ私である。
逃げ道をふさぐように背後の襖が閉められた。……けど、視線を感じる。襖の隙間から三ちゃんと平手さんが覗き見しているみたい。ふふふ! 心配されているわね私! 愛されているわね私!
『……どちらかというと
解せぬ。
プリちゃんの辛辣なツッコミに心の涙を流しながら集まった人物たちを見渡す。
ほぅほぅ、いかにも重臣といったお歴々。私でも知っている人はいないかなぁ~っと軽く鑑定してみると……お、柴田勝家発見。
なんというか三国志の張飛っぽい外見の豪傑だ。イメージ的にはかなり年上って感じがしていたのだけど、今の時点では二十代半ばくらいに見える。
他には後の織田家筆頭家老になり、あの有名な折檻状で追放されることになる佐久間信盛。こっちもまだ若い。二十歳くらいかしら?
あとは……部屋の上座。一段高いところに座っているのが織田信秀。
三ちゃんの父親だ。つまりは私のお
お義父様は私の頭の天辺から足のつま先までを試すような目で見てから、笑った。まるで悪戯を思いついた少年のように。
「――よくぞ参った。儂は『
その名乗りに、室内が明らかにざわついた。
『いやいやいきなり
プリちゃんが大混乱に陥っていた。
たしか戦国武将の名前は『名字』と『
たとえば織田三郎信長だと、名字が織田で、仮名が三郎。諱が信長となる。
諱とは元々『忌み名』と書き、死後に贈られる称号だったもの。だからこそ生前に『諱』で呼ばれることは滅多になかったのだという。
つまり現代人が『信長だ! すげぇ! 写真撮って写真! いえ~い!』と肩を組んじゃうと手討ちにされちゃうかもしれないのだ。
『……いや諱以外もだいぶ失礼ですからね、それ』
おっ、プリちゃんが復活した。
『ちなみに諱で呼ぶことはないとされていますが、逆に諱で呼び捨てるのが最上級の敬意を表すことになった場合もあったとか何とか。それに手紙や書状なんかだと諱で呼び捨てているものも結構見かけますね』
復活してすぐ混乱に叩き落とすのは止めていただきたい。つまりあれか? 実はお義父様の名乗りは最上級の敬意を表していただけという可能性も?
『いや、たぶん遊んでいるだけですね。周りの人間も『理解できない』とばかりにざわついていますし。皆の反応を楽しんでいるのでは?』
遊ばれたらしい。解せぬ。
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