第59話 賭火縄


 さすが自薦するだけあって参加者の腕前は優れていた。的を外した人はいないし、真ん中近くを撃ち抜いた人もいる。ライフリングによるジャイロ効果なんてない滑空銃でこれだけの命中率を誇るのは端的に言ってバケモノ揃いだ。傭兵として雇ったらメッチャ強そう。


 そしてとうとう光秀さんの番になった。


 ふっふっふっ、私の家臣である光秀さんには正しい射撃姿勢を徹底的に叩き込んであるからね。たとえ滑空銃身の火縄銃でも相応の命中弾を叩き込んでくれるでしょう。


『……どこでそんな『正しい射撃姿勢』なんて学んだのですか?』


 軍オタの基礎知識ですよ?


『主様の中の『軍オタ』はスーパー超人すぎませんか?』


 スーパーと超で二重表現になっていますわよ?


 私がツッコミを入れていると光秀さんが引き金を引いた。


 ――ど真ん中!


 一斉にどよめく観客たち。ふっふっふっ、これぞ我が家臣の実力よ!

 隣で観戦していた三ちゃんが感心した声を上げる。


「ほぅ、いい腕だな。帰蝶の家臣でなければ勧誘しているところだ」


「ふふん、私と結婚すれば光秀さんも付いてくるわよ?」


「……魅力的だが、そういうのは好かんな。家臣が欲しくて帰蝶と結婚するみたいではないか。わしは帰蝶が帰蝶だからいいのだ」


「……ぐはっ!」


 三ちゃんの言葉が心にクリティカルヒットした私だった。くぅ、私にここまでのダメージを与えるとはやるじゃないの三ちゃん!


『ポンコツ……』


 せめて恋は盲目と言いなさい。


 ど真ん中を射貫いた光秀さんが十ヶ郷のみんなに称えられる中、最後の挑戦者――市助君の番となった。


 今さらだけど大丈夫かしら? 市助君、どう頑張っても十歳を超えているようには見えないのだけど。銃なんて撃ったらひっくり返るんじゃ?


『まぁ、『彼』なら大丈夫じゃないですか?』


 意味深なことを言うプリちゃんだった。さてはおぬし何か知っているな? そうやって自分だけ分かっている状況を楽しむのはプリちゃんの悪い癖だと思いまーす。


 私が抗議している間にも市助君が銃を構えた。一般的な頬付けではなく、腰に銃床を当てた腰だめで。


 火縄銃の射撃方法には頬付けの他に腰だめや膝立ち、伏せの姿勢、さらには刀をバイポッド(二脚銃架)代わりにした射撃姿勢なんかも伝わっている。


 もちろん市助君がやっているような腰だめ射撃は(射撃時の衝撃には耐えやすいけど)命中率は極端に落ちるはずだ。体格が子供だから仕方ないとはいえ、射撃大会で使うのは――


 私の心配をよそに市助君は引き金を引き、見事、ど真ん中を射貫いてみせた。


「――ほうほうやるわね! 日本に伝わっている火縄銃は瞬発式火縄銃つまりは引き金を引いてから発射までのタイムラグが少なく狙撃に向いているとされている。でも火縄が火皿に落ちるまでどうしてもタイムラグが生まれるし、火皿の火薬から銃腔内の火薬に引火する間にもまたタイムラグが発生してしまう。もちろんこの間に銃本体を動かしてしまうと狙いがズレてしまうし、火薬の爆発時の衝撃に耐えきれなければやはり狙いを外してしまう。でも市助君はあえて火薬爆発時の衝撃を耐えることをせず、銃身が跳ね上がる動きすら計算して的を射貫いてみせた! 正しい射撃姿勢で正中させた光秀さんももちろん素晴らしいけど市助君の技はもはや神業! 戦国時代の白い死神かホワイト・フェザーか――」


『はいはい』


 熱い解説をたった四文字でぶった切られてしまった。解せぬ。


「ねぇねー」


 市助君が駆け寄ってきたので抱きしめ。からの高い高いをする私である。凄いぞ市助君さすが私の弟ね!



『弟は確定なんですか……』



 弟のいないプリちゃんが私たちの姉弟愛を羨ましがっていた。


「……ねぇねは、やらないの?」


 市助君までそんなことを言っていた。三ちゃんといい、私のことを何だと思っているのか。


「でも、ねぇね、凄いでしょ?」


 すべてを見透かしたような目で私を見る市助君だった。


 ふっ、強者は強者を見抜いてしまうというところかしら?


『中二病……』


 違いますー。純真無垢な心を捨てていないだけなんですー。


「しょうがないわねぇ。三ちゃんだけじゃなく市助君にまで頼まれたなら断り切れないわ」


 私は市助君を小脇に抱えながら射撃地点にまで移動した。市助君を降ろし、アイテムボックスから『銃弾』を五発取り出す。


 金属薬莢つきの流線型弾頭。見た目は前世のライフル弾に近い。


 前世で作った弾丸だけど、装薬(弾丸を発射するための火薬)に火薬ではなく魔力を使った特別製だ。


 魔力って時間が経てば自然回復するのだけど、魔力総量の限界まで達するとそれ以上は回復しないのよね。つまり自然回復分が無駄になってしまうと。特に睡眠時がもったいない。


 それを防ぐため(魔法で複製した)金属薬莢内に魔力を充填させるなんてことをやっていた結果、私のアイテムボックス内にはかなりの数の弾薬が眠っているのだ。


 まぁ、あれだ。

 スマホゲームの自然回復がもったいないから、寝る前にスタミナを消費しておく的な?


『その例えはどうかと思いますが。戦国時代という世界観を大切にしてください、世界観を』


 へーい。


 生返事をしながら魔法で弾丸五発を宙に浮かせる。

 そして薬莢内の魔力を暴走させ、弾頭を発射。もちろん風の魔法で弾丸に回天を加える芸の細かさだ。


 五発の弾丸は狙ったとおりに的の上部、中部、下部を射貫き、的を支えていた木の棒にも二発が命中した。


 う~ん、我ながら見事なまでの一直線。久しぶりだったけど腕は鈍ってないみたいね。


 どんなもんだいと私が周囲を見渡すと――みなさん、ドン引きしておられた。中には震えながら手を合わせてくる人もいる。え~ここは光秀さんみたいにわーわーきゃーきゃー称えられるところじゃないの? 解せぬ。



『そりゃあまぁ……的に当てるだけでも凄い時代に、五発すべて一直線になるよう命中させれば、ね。しかも銃を使わずに』



 プリちゃんが深々とため息をついていた。だって銃を使うと魔弾の射手フリュフィーゲルが発動しちゃうじゃん……三ちゃんを守るためなのに……解せぬ。


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