第548話 閑話 少年は淀城を目指す


 虎寿少年――後の下間頼廉は悩んでいた。


 はたしてどこへと向かうべきか。


 顕如に見切りを付けて本願寺を飛び出したのはいいが、特に目的地があるわけではなかったのだ。


 そもそも、自分一人でできることなど限られている。それが少年であれば尚更に。


(ここは忍耐の心で顕如に頭を下げ、時を待つべきだったか……?)


 否。

 即座に首を横に振った虎寿。

 証如様は顕如めに呆れ果て、あの場にいながら、それでも顕如に後を任せることはしなかった。そんな男に頭を下げることなど、どうしてできようか。


「……帰蝶様、か」


 証如の最後を思い返した虎寿は、同時に消滅した天狗の言葉を反芻した。


 本願寺を滅ぼす者。


 吉兆教なる宗教の長。


(とりあえず、吉兆様とやらに会ってみるか)


 立派な人物であれば、そのまま協力を仰げばいい。そうでなかったら離れればいいだけのこと。


 帰蝶。


 虎寿が知っていることは多くない。ほとんど何も知らないと言った方がいいだろう。


 一向一揆が堺を攻めたとき、帰蝶とやらの不可思議な術で撃退されたという。


 帰蝶が一晩で作り上げたという城は、一向一揆十万に囲まれながらも落ちる気配すらないという。


 おそらく帰蝶は淀城にいるだろうが、一向一揆に囲まれているので接触するのは無理だろう。

 ここは本拠地であろう堺で待ち受けるのが一番確実な方法だ。が、いつになるか分からないし、本願寺の人間だった自分を堺が受け入れてくれる保証もない。


 堺か。あるいは淀城か。


 どちらに向かうべきかと悩んだ虎寿は……淀城に向かうことにした。


 一体どのような力で一向一揆と対峙しているのか。

 その力は本願寺を滅ぼすほどなのか。


 それを、自らの眼で確かめたいと思ったのだ。







「――おのれ虎寿!」


 虎寿出奔の報告を受けた顕如は怒り狂った。共に本願寺をもり立てていこうと誓ったばかりではないか。あの憎き帰蝶を討ち滅ぼすと心に決めたではないか。だというのに、その翌日に出奔するとは――舐めているとしか思えない。


「虎寿を追え! 捕らえよ! 抵抗するなら殺して構わん!」


 本願寺法主として顕如は坊主共に指示を飛ばした。


「は、はぁ、承知いたしました」


 対する坊主たちは明らかにやる気がない。

 いくら本願寺を守るためだったとはいえ、証如が身罷られた今となっては、軟禁したのはやり過ぎだったのではないかと思っているのが彼らだ。


 そして、蓮淳からの圧力の中、毎日証如に食事を運んでいたのが……他ならぬ虎寿なのだ。


 そんな『義』ある少年を捕らえるだの、殺せだの……。


 やはり蓮淳の血筋か。


 その言動に呆れつつ、追討を任された坊主の一人は唯々諾々と部屋をあとにした。


 逃げ出した小坊主一人、探そうと思って探せるものでもない。

 とはいえ、あまり早く追っ手を出しては見つけてしまう・・・・・・・可能性もある。

 まずは虎寿が大坂から離れる時間を稼がなければ。


(いくら傀儡とはいえ、法主からの命令。形だけでも僧兵を動かさねばならぬが……ふむ、まずは淀城にいる頼言殿に言付けを頼むか)


 虎寿が見つかったら捕らえるように命じる。

 そんなことをしているうちに、虎寿も大坂の地を離れることだろう。まさか一向一揆がたむろしている淀城方面に向かうはずもないし……。


 証如様を見捨てなかった少年に対する心配り。


 それは、裏目となる。


 虎寿が、よりにもよって淀城を目指しているが故に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る