第三章 エピローグ 見守る者
末森城。
新たに築城された城の、居館にあたる屋敷。
その庭先には木製の台が備え付けられ、築城祝いの進物(贈り物)が所狭しと並べられていた。まるで城主である織田信秀の人望を誇示するかのように。
家臣や国人らがそれぞれに豪勢な進物をしてきた中。やはり異彩を放っているのは嫡男・織田信長から送られた品々であった。
木製の台に乗せきらず、庭の一角を占拠するほど大量の諸品。宴席に招かれた人々も驚愕を隠すことなく信長からの進物を見つめていた。
「ほぉ、あの太刀。見事な装飾ですなぁ」
「昆布に椎茸……。見るからに質も良さそうで」
「あの丸いものは……もしや、金?」
「あれだけの精銭を集めるとは……」
「ふぅむ、まだ家督を相続していないというのに、末恐ろしい」
口々に進物を称えながら、その実は油断なく『織田信長』という人物を見極めようとしている。これだけの品々を集めるために必要な銭と、商人との繋がりをいつの間に用意できるようになったのか……。
戦国大名と家臣というのは単純な上下関係ではない。家臣たちも小規模な地方領主であり、自らの家と土地を守らなければならない。だからこそ“力”のない戦国大名は家臣から見限られ、滅亡の道を歩むことになる。
織田信秀は優秀な男である。熱田などの湊を中心とした経済基盤と、政治力。そして何よりも戦の強さ。それらがあるからこそ分家の当主でありながら尾張国中の兵力を率いて美濃に侵攻することすらできたのだ。
そんな信秀も病に冒され、往年の戦の強さにも陰りが見えてきた。
だが、『うつけ』に家運を任せるわけにはいかない。本物のうつけであれば“弟”を祭り上げる必要があったのだが――
――ただのうつけではない。
織田家中にそのような認識が広まりつつある中。そのような者たちの反応を静かに眺める男がいた。
――林秀貞。
信秀から信長に付けられた『
ただし、『史実』においては信長に不満を抱き、弟信勝を擁立して信長と対立する道を選ぶことになる。
そんな林秀貞に近づく人影があった。
「いかがですかな?」
どこか自慢げに。声を掛けたのは二番家老である平手政秀であった。
一番家老である林秀貞は目を閉じ、すぐにはその声に応えなかった。
ゆっくりと。秀貞が瞼を開ける。その視線の先に映るのは信長から送られた進物の数々と――折り曲げに髪を結い、普段の傾いたものではない褐色の長袴を着た信長の姿だった。
普段から鍛えているだけあって姿勢は良く、顔つきも整っている。いつ習ったのか礼節にも問題はない。
髪を結い、折り目正しい服を着るだけでそれはもう立派な『武家の跡取り』となっていた。
「……拙者は、信長様は『うつけ』であると頭を痛めておりました」
「…………」
一番家老である林秀貞が、次期当主をうつけ呼ばわりする。よく考えるまでもなく大問題であるが、平手は騒ぎ立てることはしなかった。……平手もまた、信長のうつけさに頭を痛めていたがために。
しかし、考えを改めた。
平手政秀は。
そして、林秀貞もまた……。
林秀貞とて信秀に仕え、嫡男の宿老を任せられたほどの人物だ。信長の並々ならぬ才覚は察していたし、天道に愛されれば、あるいは尾張を統一することも可能だとすら考えていた。
だが、『うつけ』ではダメだ。
君飾らざれば臣敬わず。
いくら才覚があろうが。いくら天道に愛されようが、家臣がついてこなければ何の意味もない。一人で戦に勝つことはできないし、一人で領地経営することもできないのだから。
しかし、今の信長は違う。
「……まだまだ子供であるとばかり考えておりましたが、考えを改めなければなりませぬか」
「堺の商人に聞いた話によると、明国には『男子三日会わざれば刮目して見よ』という言葉があるそうで」
「……なるほど。まさしく、ですな」
誰に見せるわけでもなく。林秀貞は信長に対して深々と頭を下げた。今までの不見識を詫びるかのように。改めて忠誠を誓うかのように。
その様子を平手政秀は満足そうな目で見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます