第529話 こうかはばつぐんだ


「加賀の一向一揆には長島から補給が来るって話でしたよね? あれはどうなっています?」


 ちなみに長島願証寺の僧侶たちからは「帰蝶様に逆らうつもりはないのですがー、兵ではなく物資を出せと言われては断り切れずー、いや~、帰蝶様に逆らうつもりはないのですがー」という感じの言い訳をもらっている。


「はっ、長島としても帰蝶様の勘気に触れることは避けたいらしく、ずいぶんとゆっくり準備している様子でした。それも限界があるので先日長島を発ったのですが、なにぶん陸路なので時間が掛かるかと」


「ふぅん」


 伊勢長島から大坂となれば普通は海路なのだけど、伊勢の九鬼水軍や雑賀の水軍はこちらの味方だものね。さすがに海路で送るのは無理と判断したのでしょう。


「じゃ、そろそろ加賀の一向一揆は飢え始めた頃ですか。――根来左太仁さんを呼んでください。加賀の超勝寺実照さんとやら、こちらに引き込みましょう」







「――ふざけおって!」


 加賀の一向一揆を率いる超勝寺実照は怒りを抑えきれなかった。ただでさえ食料が足りないというのに、本願寺から約束された補給はなく、長島からの輸送もまだまだ時間が掛かると伝えられたのだ。


 加賀からわざわざ大坂までやって来た我らへの、なんたる仕打ちであろうか。


 いくらかつての恩義があるとはいえ、限度というものがある。ここは本願寺と一戦交える覚悟で戦線を離脱するべきかと実照が本気で検討を始めていると――淀城から、再び根来左太仁がやって来た。


「なんと……」


 実照は左太仁からの提案に驚きを隠せなかった。飢えに苦しむ加賀の民を見かねた『吉兆様』が、こちらに食料を分けてくださるというのだ。


 にわかには信じられぬ。

 だが、その疑念はすぐに払拭された。


 夜。

 実照としては船を使って米が運ばれてくると思っていたのだが、意外な方法で運搬されてきた。


 そう、地面に穴が空いて・・・・・・・・、その中から人夫が米俵を担いでやって来たのだ。


 船で運ぶよりは本願寺方に露見しにくいだろうが……まさか、この淀川のさらに下を掘り進めて、城と対岸を洞穴で繋ぐとは……。


 その労力と普請力にも驚愕するしかないが、なにより驚きなのが、淀城と敵陣を直接結んでしまったことだ。


 あの洞窟を辿れば、淀城の内部に侵入できるだろう。


 規模からして少数ずつしか送り込めないが、米俵を持ってきた人夫を人質にすれば――


(――否! 米を恵んでくださった相手に、そのようなことを考えるなど! まだまだ修行が足りぬか実照め!)


 自らを諫め、首を何度も横に振る実照。彼がそんなことをしている間にも米などの食物は次々に運び込まれ――山積みになっていた。


(な、なんと……)


 米俵は、そのことごとくが本物であった。あれだけあればいくつか紛いものが混じっていると踏んでいたのだが。


 これだけの米であろうとも、信者たちに配ってはすぐに底をついてしまうだろう。万単位の人間の消費量とはそれほどまでに多い。


 ……だが。米の配給はこれだけでは終わらぬという。これはあくまで一日分・・・。望めば望むだけ届ける準備があるという。


 しかも、同時に旧淀川の対岸に陣取った方の加賀一向一揆にも運び込んでいるという。


 十万の一向一揆に囲まれながらも、これだけの米を送り出す余裕。

 敵であるはずの加賀一向一揆に対する慈悲。


 対して、本願寺はどうであるか。

 自分たちから出兵を要請したくせに、米の準備すらない。約束した補給も滞っている。――どちらに仏心があるかなど、考えるまでもなかった。


「……左太仁殿。一度、吉兆様にお目通り願いたいのだが」


 超勝寺実照は、そう願い出た。




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