第530話 そういうところ(ry


「よし、釣れた」


『釣れたって……』


 なぜかプリちゃんに呆れられてしまう私であった。加賀一向一揆を率いる超勝寺実照さんとの交渉、つまりは犠牲を少なく戦を終える第一歩だというのに。解せぬ。


『一向一揆を殲滅する気満々のくせに、今さら『犠牲を少なく』とか……何の冗談ですか?』


 冗談扱いされてしまった。私ほど慈悲深く温厚で争いを嫌う美少女はいないというのに。


『……あぁ、争いが起こる前に謀略で何とかするという意味で?』


≪なるほど、謀略が失敗したからこそ戦が起こると?≫


「自分の失敗を見せつけられるから戦が嫌いなのかぁ」


 皆様方は私のことを何だと思っているんです?


『マムシの娘』


≪腹黒≫


「破壊神」


 解せぬ。


 ともかく、超勝寺実照さんの方から接触を希望してきたのだから、ここは徹底的に『薬師如来の化身』っぽいことをしましょうか。


『また人を騙そうとする……』


 なぜ私が交渉するとなると騙すことが前提になるのか。解せぬ。


『日頃の行いです』


≪今までのやらかし故にな≫


「自分の胸に手を当てて考えてみましょう」


 師匠に言われたので自らの胸に手を当ててみる。……「大丈夫! 私は清純で清楚で清らかなること富士の湧き水がごとし!」、「自信を持って私!」、「私ほど三ちゃんの嫁に相応しい美少女はいないわ!」という回答をいただきました。やはりな。


『はいはい』


 渾身のボケをたった四文字でぶった切られてしまった。解せぬ。







「おぉ……!」


 超勝寺実照は眼前の光景に目を見開いた。

 眼前に広がるのは、とてもこの世のものとは思えぬ光景。


 泳いで渡ることすら困難な川幅の、淀川。

 そんな淀川を、銀髪の女が歩いて渡って・・・・・・きているのだ。


 日の光を反射して煌めく銀の髪。

 鹿子の木カゴノキの実のように赤き瞳。

 そして、白山に積もる雪のごとき白い肌。


 この世のものとは思えなかった。

 人間とは思えなかった。

 大坂の地に来てからよく耳にした『吉兆』なる者の存在など信じていなかった実照であるが……こうして目の前に人知を越えた美しき女性にょしょうが現れ、しかも大河の上を歩かれては信じるしかなかった。


 吉兆様は信仰を利用する我らとは違う、御仏の教えを体現した存在に違いない。


「……あら、ずいぶんとケガ人がいますね」


 こちらの岸に到達した吉兆は、悲しそうに周囲を見渡した。

 重傷者は前線から遠い場所に避難させているが、軽傷者はその場に留まっていた。治療ができる人間が少なく、後方に輸送してもどうしようもないためだ。それに城からの攻撃はわざと・・・外されているので、前線にケガ人がいても危険はない。


 城からの攻撃で――と、答えようとした実照は口をつぐむ。城を攻めているのはこちらだというのに、恨み言を言うのは違うだろうと。


 そんな実照を見やり、吉兆様は微笑みを浮かべられた。


「えぇ、そうですね。こちらからの攻撃で負傷したのですから、憐れに思うのも違いますよね」


「――――っ!」


 まさか、吉兆様は心まで読まれるのか!


 愕然とする実照に片目を閉じてみせてから吉兆様はゆったりと両手を広げた。


「あなた方には、まだ救いがあります・・・・・・・。なれば、薬師如来も御慈悲を与えてくださるでしょう」


 吉兆様の周囲に、光の粒が渦巻く。なんたる幻想的な光景か。なんたる温かな光景か。これは奇跡が起こるに違いないと実照は瞬きすらせず吉兆様を見つめ――


「――道を知れ。ヒルデガ神の奇跡を、今ここにルト・フォン・ビンゲン


 聞いたこともない言語。よもや、仏の使う言葉であるか。


「おぉ!?」

「なんじゃ!?」

「光が傷口に纏わり付いて――」

「い、痛みが消えたぞ!?」

「傷がない!」

「おい! 与平の熱が下がったぞ!」

「これは、まさか――」

「――吉兆様か!」


 信者たちが次々に頭を下げる。我先にと手を合わせ念仏を唱える。

 南無阿弥陀仏を唱えられて、薬師如来の化身たる吉兆様は気分を害されないだろうかと実照は不安になってしまったが……さすがは吉兆様。怒る様子もなく微笑んでおられる。宗派を越えて人々に許しを与えるとは、本物の仏の何と慈悲深きことであろうか。


 知らず知らずのうちに。

 実照も一筋の涙を流しつつ、吉兆様に手を合わせるのだった。



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