第123話 芋酒



 なんかもうお義母様の濃いキャラのせいですっかり忘れていたけれど、そういえばお義父様の回復記念の宴会に誘われて(強制)いたのだった。濃いキャラのせいですっかり忘れていたけれど。


『いえあなたのほうが断然キャラ濃いですから』


 真顔で断言されてしまった。解せぬ。


 しかし、宴会にただ招待されるというのも心苦しい。ケチケチしていない帰蝶ちゃんとしては何か手土産を持参しなければ。


 というわけで、やはりここは酒を用意するべきでは?


 なにせ戦国武将なんて朝から晩まで酒を飲んでいて、どこぞの北條氏康さんなんて家臣に『夜の酒はいけない! 朝食の時に三杯までにしろ!』と手紙で注意するほどだし。いや朝に三杯でも飲み過ぎでしょう相模の獅子さん。


 まぁつまり、戦国武将はお酒大好き。困ったときは酒を出せばすべて解決。師匠と同じ対応で良し。


『いえ、戦国時代のお酒はかなり薄かったとされていますし。『片白』や『並酒』だとしたら味醂みりんに近いものだとされていますね』


 味醂は飲みたくないなぁ……。


 宴席で味醂(っぽいお酒)を飲まされるのなんてもはや拷問なのでやはりお酒を用意しましょう。いやアルコールは『毒』扱いだから毒無効のスキルが発動しちゃうので酔うことはないのだけど、だからこそせめて美味しいお酒を飲みたいのだ。


 ちなみに師匠も毒が効かない系のひとだけど、わざわざスキルをoffにして酔っ払うアル中――ごほん、神生人生を楽しんでいる御方だったりする。


 師匠用に作っておいたお酒は残り少ないけど、美濃に帰ったらまた作り足すから容赦なく使うとして。あとは、雑賀の里で醸造したばかりのワインが少々。これだけあれば足りそうではあるけれど……。


「……あ、そうだ」


 米問屋で米を買い、エンリケさんからサツマイモを買い付けたのだから、作れるね。芋焼酎を。


 お米は品種改良に使うし、サツマイモは種芋にして増やさなきゃいけないからあまり多くは使えないけど、まぁちょっとくらいはいいでしょう。


「……なんだ帰蝶、また何かやらかすのか?」


「ふっふっふっ、やらかすとは失礼ね三ちゃん。私は今お酒革命を起こそうとしているのに!」


「あの珍酡酒ワインを日の本で作れるだけでかなりの革命だと思うがのぉ」


「ふふん、まだまだ容赦はしないわよ! 今から作るのは蒸留酒――焼酎なのだから!」


「……あぁ、焼酎か」


 あれ知ってるの? ワインすらないからてっきり知らないとばかり。



『焼酎については諸説ありますが、一番早いものでは14世紀頃にタイから蒸留技術が伝わったとされていますね。1559年に書かれた『神主がケチで一度も焼酎を飲ませてくれなかった』という棟木札が発見されていますから、そのころには庶民の間にもずいぶん広まっていたのだと思われます』



 焼酎にまで詳しいのか。凄いなプリちゃん。


 焼酎が珍しくなかったのは想定外だけど、せっかくやる気になったのだから作ってしまうことにする。


 まずは魔法でお米を削って精米して――


 おっと、ちょっと力加減を間違えて粉々になっちゃった。失敗失敗。てへぺろ。


『粉々というより粉ですが。もはや米粉ですが』


 人の失敗を糾弾するの、よくないと思いまーす私ー。


 前の世界では麦(っぽい植物)でやっていたから勝手が違ったのだ。私は悪くないのだ。つまりはすべて師匠が悪い。


 捨てるのももったいないので予定変更。米粉を水で練って餅を作る。これにテキトーなカビ菌を繁殖させれば『餅麹』の完成だ。魔法でちょちょいと時間を進めてーっと。


 普通は焼酎に餅麹は使わないけど、酒なんて極論すればデンプン→糖→アルコールという過程を経れば作れるのだから、何とかなるでしょう。


『いえそんなテキトーなやり方でできるのは主様くらいだと思いますが?』


 みんな難しく考えすぎなのだ。


 麹ができたら米と水、その辺で捕まえた酵母をぶっ込んで、醪を造るために一次仕込み。時間を進めている間にサツマイモを蒸して――


「…………」


「…………」


 なにやら三ちゃんと十ちゃんが興味津々にサツマイモを見つめていたので、火をおこして焼き芋を作ってみる。もちろん魔法を使わずじっくりとね。こういうのは時間を掛けて焼いた方が美味しいのだ。たぶん。


 さて蒸したサツマイモと一次仕込みした醪を混ぜ混ぜして――蒸留して――はい完成! 芋焼酎(?)である!


『やはり真面目にやっている醸造家から刺されるのでは?』


 解せぬ。


 せっかくなので試飲――おっ、テキトーにやったにしては上出来ね。ちょっと青臭(青っぽいニオイ)があるけど許容範囲でしょう。


 いい出来だったので三ちゃんと十ちゃんにも飲ませてあげようと視線を移すと――


「うむ! これは美味いな!」


「はい! なんとも甘い芋ですね!」


 三ちゃんと十ちゃんが舌鼓を打っていた。……焼き芋で。私の造った酒など眼中にもない。なんというか敗北感。


 そしてバクバクとあっという間にサツマイモを消費した兄弟二人。目の前には最後に残った焼き芋一つ。


 ここで美しい兄弟愛を見せればどちらかが譲るところ。そうでなくても半分こという選択肢を選ぶでしょう。


 しかし、


「……勘十郎。ここは年長者に譲るべきではないか?」


「……いえいえ、兄上こそ嫡男としての器を見せるべきでは?」


 お互いに焼き芋へと手を伸ばし、相手を押し退けようとする兄弟二人だった。


 …………。


 なるほど。

 織田弾正忠家を二分する骨肉の争いは、少年期の焼き芋争奪戦が原因だったと。



『珍説にしても酷すぎる』



 酷すぎるらしい。食べ物の恨みは恐ろしいのに……。解せぬ。



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