第688話 閑話 兄弟の絆


 信長と信秀の軍は特に衝突することもなく那古野城近くで落ち合った。


 信秀としては那古野城で待っているという手もあったのだが……嫡男である信長が大戦果を上げたという報告を受け、いても立ってもいられず駆けつけたのだ。


 互いの軍勢が足を止めたところで、馬に乗る信秀の元へ、信長が家臣数名と共にやって来た。家臣たちは三つの首を携えている。


「父上! 信友とその嫡男! そして坂井大膳の首で御座いまする!」


「おう! よくぞやったわ!」


 間違いなく信友たちの首! それを確認した信秀は馬から飛び降り、信長へと駆け寄った。少し前まで病気で難儀していたとは思えぬ身軽さだ。


呵呵かかっ! ようやった! ようやった!」


 信長の首を小脇に抱え、ガシガシと頭を撫でる信秀。


 これまで自分を手こずらせてきた信友。通常では勝てないはずの戦力差。だというのに、信長は信秀が想定するより遙かに早く軍を集め、討ち取ってしまった。


 しかも何よりも誇るべきなのは――・・・・・帰蝶の手を・・・・・・借りていないことだ。


 阿伽陀アッキャダ(ポーション)は使っただろうが、それはあくまで戦が終わってからのこと。(帰蝶からの紹介があったとはいえ)自らが雇い入れた忍びを使って情報を集め、自らの手で鍛え上げた母衣衆を率い、自らの軍略で織田信友を討ち取った。どこに出しても恥ずかしくない跡取り息子である。


 豪快に笑いながらも、嫡男の確かな成長を感じ、僅かに涙を浮かべる信秀であった。


 そんな親子の様子を見て、帯同した平手政秀はそっと涙を拭うのだった。


 ……力任せに頭を撫でられている信長としてはたまったものではなかったのだが。





「兄上! お見事で御座いまする!」


 信秀の『頭なでなで』が一段落した頃、近づいてきたのは織田勘十郎信勝。少し前までは『うつけ』である信長に苦手意識を持っていたはずの彼はしかし、今では尊敬の目で信長を見つめている。


 その真っ直ぐな瞳に照れてしまう信長。彼は『うつけ』であったからこそ褒められたり尊敬されたりすることに慣れていないのだ。


「お、おう! 勘十郎! よもや出陣したのか!?」


「はい! 兄上の助太刀に参上いたしました!」


「……はははっ! 嬉しいことを言ってくれるではないか此奴め!」


 ガシガシと信勝の頭を撫でる信長。先ほどの信秀そっくりだ。この辺はやはり親子は似ると言ったところか。


「しかし、戦はすでに終わっておる。この戦を初陣とするのは少々惜しくはないか? もう少し着飾った上で、戦の総大将としての準備を整えてだな――」


「なんの! 兄上への助太刀なのです! むしろこの勘十郎信勝、生涯にわたり誇りといたしましょう!」


「……ははははははっ!」


 もはや嬉しすぎて変な笑いになる信長であった。近頃は義兄が二人も増えたが、やはり実の弟から慕われるのは格別なのだろう。


「……若様、そして三郎様……。立派になられて……」


 そんな兄弟のやり取りを少し遠くで見守りながら、滂沱の涙を流す柴田勝家であった。



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