第687話 閑話 凱旋


 信長たちが城門前で待機していると、数人の家臣を引き連れた明智光秀が再びやって来た。


「では、こちらが信友の嫡男の首と、坂井大膳の首だ」


「確かに。受け取りました」


 恭しく一礼をしながら信長は光秀から二つの首を受け取った。正確に言えば家臣から家臣へと手渡された、であるが。


 城に戻る光秀の背中を見送ってから、信長は母衣衆たちに向き直った。


「よし! 大逆人織田信友と、その嫡男! そして筆頭家老である坂井大膳の首を取った! 我らの大勝利である!」


 清洲城を取れなかったことを誤魔化すためにも、大声で宣言した信長である。


 実際、大勝利ではある。

 次代の尾張守護である斯波義銀は那古野城にいて、『次』の尾張守護代は織田弾正忠家に決まったも同然。


 さらには義銀の家老候補・由宇喜一に信友を討ち取らせたことで『華』を持たせた。信長に鞍替えした太田牛一と合わせて、斯波義銀との強力な交渉役(パイプ役)となってくれるだろう。


 信友と嫡男の首を取ったことで、信長たちの主家である織田大和守家は断絶。これによって信長は下克上を成功させた。


 しかも、『謀反人』を討ち取るという大義名分を得たことによって、織田弾正忠家が主君殺しの不義理を責められることはない。これは本当に幸運なことと言えるだろう。


 清洲城は美濃斎藤道三の手に渡ったが……これも悪くない。むしろ、敵対していた信友よりは、確実に味方である・・・・・・・・斎藤道三が清洲を保持している方が動きやすくなる。


 ……それに、信長の勘が確かなら、清洲城はいずれ信長の・・・・・・ものになる・・・・・だろう。


 ゆえにこそ、大勝利。


 そう結論づけた信長は清洲城から離れ、那古野城への帰路についた。

 普通は夜遅くなれば野営(キャンプ)をするものなのだが、清洲城と那古野城は距離が近いので帰ってしまおうという判断だ。


 那古野城に戻れば大量の酒があるので、勝利の美酒に酔いたい兵たちとしても不満はなかった。


「戦に勝ち、大将の首を取ったのなら祝杯! 三郎はよく分かっているわね!」


 信長と馬を並べてそう褒め称えるのは長尾景虎。一応の味方(同盟予定国の重臣)である長井道利の首を落としかけたことを反省している様子はない。


 彼女の場合は戦に負けようが大将の首が取れまいが酒を飲むのだが、残念ながらツッコミをしてくれそうなプリちゃんはいない。圧倒的ツッコミ不足であった。


「……そういえば、慶次郎の姿がなかったな」


 このままでは流れで酒を飲まされそうだと危機感を抱いた信長は、今気づいたかのように話題を転換した。……信長の場合は本気で気づいていなかったのかもしれないが。まぁ慶次郎は帰蝶と信長の間をふらふらとしている男なので是非も無しか。


 自分の話題になったことを耳ざとく聞きつけた慶次郎が近づいてくる。


「はははっ、景虎殿に付いていった方が面白くなりそうでしたのでな」


「で、あるか。……面白かったのか?」


「えぇ、えぇ! なんとも不思議な感覚でしたなぁ! 清洲城への道など知らぬはずなのに正しい道を進み、迷うことなく城門へと突撃し、そして三郎殿に嫌味を言っていたというあのマムシ男に一太刀浴びせようとするとは! 帰蝶様への良い土産話ができました!」


「……で、あるか」


 まぁ帰蝶なら面白がりそうだよなーと考える信長である。いや妙に真面目というか常識人ぶるところがあるから苦笑するか……?


 帰蝶の反応を予想しながら信長が馬を進めていると、少し先を進めさせていた物見(偵察)の兵が戻ってきた。


「大殿(織田信秀)の軍勢がこちらに向かってきております!」


「ほぉ、さすがは父上。動きが速いことよ。……この暗がりでは旗印も見えぬ。同士討ちになってもつまらぬからな、連絡を密にせよ」


「ははっ!」


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