第686話 帰蝶をドン引きさせる男


 ――清洲城。大手門前。


「若様。いかがでしたか?」


 城門から出て、追いかけてきた光秀とのやり取りを終えたあと。信長に声を掛けてきたのは森可成だ。すぐ後ろには怖い顔をした平手長秀がいる。


 平手の怒った顔は爺そっくりだなと苦笑しつつ、可成からの問いかけに答える信長。


「うむ、義父殿(斎藤道三)にしてやられたわ」


「やはり美濃の兵でしたか」


「義兄上(明智光秀)がいるのだから、近衛師団であろうな」


「では、帰蝶様が裏で糸を引いていると?」


「いや、義兄上の様子からして、帰蝶は関わっていないようだ」


「……近衛師団は帰蝶様直属でしょう? なのに関わっていないというのは……光秀殿が偽りを口にしているというのは?」


「ないな。義兄上は良くも悪くも分かり易い。嘘であればすぐに分かるだろう」


「…………」


 この、人の心を読めないことに定評がある信長からそこまで言われるとは……。明智光秀、清廉潔白な人物と評するべきか。あるいは分かり易すぎると呆れるべきか。


(しかし、相変わらず簡単に人を信じる御方だ)


 可成としては呆れるしかない。

 史実における織田信長も簡単に人を信じる男であったが、この信長はさらにそれが加速している気がする。帰蝶によって家庭環境が好転していることが原因であろうが……。


「……う~む」


 自らの母衣衆を見渡しながら小さく唸る信長。母衣衆も最初は清洲城に現れた謎の勢力に戸惑っていたが、どうやら信長が上手く話を纏めたらしいとの話が広まるにつれ、弛緩した空気が漂っていた。


 帰蝶から配られた阿伽陀アッキャダ(ポーション)の封を開け、治療を始める者もいる。一人あたり一本配られているので、よほどのことがなければ戦死者も出ないだろう。脇腹を槍で突かれた由宇喜一などの重傷者を優先的に治療したため、軽傷者は後回しにされていたのだ。


 ――母衣衆。

 矢で射貫かれようが、鉄砲で撃たれようが、すぐに回復して押し寄せてくる命知らずたち。騎馬武者の数や、他を圧倒する長槍の長さ、そしてあの『速さ』も母衣衆の恐ろしさであるが……やはり一番怖いところは阿伽陀アッキャダによる回復力・戦闘持続能力だろう。


 史実における信長の強さは負けても負けても兵を補充できることにあったが……この世界の信長はそれを超える。なにせ戦死者が(滅多に)出ないのだから。損耗による熟練兵の減少や、新兵の補充による練度の低下もない。


「難しい顔をしておりますな? 此度の戦働き、満足のいくものではありませんでしたか?」


「うむ、長井なにがしという男に苦言を呈された。――わしらは遅すぎるとな」


「それはそれは……。このような場に出張ってくる『長井』は長井道利殿でしょうが……なんともはや。年を取って耄碌しましたか」


 森可成からすれば当然の感想だ。あれだけの早さで兵を集め、信友の首を取ってみせた母衣衆が『遅い』などと……。とても正常であるとは思えなかった。


 しかし、信長はその言葉を真に受けてしまったようだ。


「わしらはもっと速くならねばならんな」


「……これ以上ですか?」


 それはもう帰蝶から転移真法まほうでも学ばなければならないのではないか? 可成はいっそ呆れてしまうが、信長は真剣な顔で悩んでいる。


「――おぉ、これが真法の力!」


 そんな驚きの声を上げたのは由宇喜一。自らの致命傷を癒やした阿伽陀アッキャダの力を、他者の治療で改めて目にしたことで驚愕しているようだ。


 しかし見事な男である。

 着の身着のままで戦場にやって来て、(お膳立てしたとはいえ)織田信友の首を取ってみせた。なんとも立派な武者振り――


「――そうか」


 信長は気づく。

 どうせケガをしても阿伽陀アッキャダで治るのだから、鎧を身につける必要はないのかと。そもそも鉄砲相手では鎧も用を成さないのだし。


 即死してしまっては阿伽陀アッキャダも効果はないので頭と顔を守る装備は必要だろうが……それはそのまま陣笠か兜を採用すればいい。


(帰蝶に相談してみるか)


 ヘルメットで頭部のみを守る歩兵。

 時代を先取りしすぎた発想を聞いて、帰蝶が「マジか……」とドン引きするのはもうすぐだ。



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