第581話 げっへっへっ


「帰蝶様は面白き器を作ろうとなさっているとか」


 ちょっとそわそわしながら松永の久っちが尋ねてきた。なんか既視感のある始まり方ね?


 面白い器……白磁器はこの前話題になったから、楽焼のことかしら? 一般人が『高そうな茶器』でイメージするであろう黒茶碗。


 あれは白磁器に刺激を受けた千宗易(千利休)さんが個人的に作っているものなのだけど……そのあと資金援助したものね。私が作っていると解釈されてもおかしくはないのか。


「えぇ、まだまだ完成にはほど遠いですが、いずれは世に出ることでしょう」


「ほほぉ。噂によると漆黒の器なのだとか。どのようなものなのか想像もつきませんなぁ」


「う~ん」


 別に私のコレクションの中から楽焼き(黒茶碗)を取りだして見せてもいい。

 でも、今は千宗易さんが頑張っているのだから、その完成を待つべきでしょう。こういうのは は・じ・め・て♡ が大切なのだ。


『オタク特有の面倒くさいこだわり』


 せめて数寄者とかへうげものって言ってくれません?


 それはともかく。完成品をお見せするのは私のこだわり的にNGなので……ここは千宗易さんのところに行きましょうか。私としても進捗が気になるところだしね。







「むぅう! この程度で! 納得できるものか!」


 宗易さんたちの工房に向かうと、ガシャーンって感じの音が鳴り響いた。また宗易さんが出来の悪い茶碗を投げ割っているみたい。もう商人じゃなくて陶芸家を目指すべきなのでは?


 窯の方に顔を出すと、一通り割って疲れたのか肩で息をする千宗易さんと、職人っぽい男性がいた。たしか宗易さんに巻き込まれた飴屋さんだっけ?


「旦那ぁ、またですかい?」


 この前とおんなじ感じの呆れ声。なのだけど、あのときよりは飴屋さんに疲れた様子はない。あれかしら? 私の資金援助で懐に余裕があるから心にも余裕ができたとか?


『そうやってすぐ物事をお金で考えようとする……』


 なぜか呆れられてしまった。お金は大事だというのに。解せぬ。


「ほぉ、これはこれは」


 久っちが地面にうち捨てられた破片を興味深げに拾い上げた。


 ――黒。


 まだまだ黒楽と呼べるほどではないけれど、それでも色はずいぶんと黒に近づいてきていた。

 これは、思ったより早く『黒』に至るかもしれないわね。


 あとの問題は形か。焼き上げ前のものを見るに、今はまだテンプレというか在り来たりな形をしているからね。これから工夫を重ねていけばもう少し面白くなるでしょう。


「いやぁ、これは完成が楽しみですな!」


 少年のように目を輝かせる久っちだった。


 …………。


 ……お、きゅぴーんときた。きゅぴーんときましたよ私。


「久っち久っち。そんなに気に入ったのなら、完成した暁には一つプレゼントしましょうか?」


「まことですか!?」


 もちろんこの時代に『プレゼント』なんて言葉が通じるはずがないのだけど、たぶん自動翻訳ヴァーセットが頑張ってくれたのでしょう。よくやった自動翻訳ヴァーセットよ。褒めてつかわす。


『……そろそろ自動翻訳ヴァーセットに転職を促しますか』


 スキルの転職とか初めて聞いたわ。


 それはともかくお金儲けの布石である。


「プレゼントしますから、茶会で使いまくってくださいな」


「…………。……ほぅ、なるほど。宣伝ですか。数寄者であればあるほど、黒き器を見れば欲しくなるでしょうからな。そして拙者は帰蝶様の名を出せば良いと?」


「話が早くて助かりますね」


「いえいえ、その程度の労力で黒き茶碗が手に入るなら」


 げっへっへっとばかりに笑いあう私と久っちであった。


『類友』


 まるで私と久っちが腹黒友達みたいな物言い、やめてもらえません?


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