第581話 げっへっへっ
「帰蝶様は面白き器を作ろうとなさっているとか」
ちょっとそわそわしながら松永の久っちが尋ねてきた。なんか既視感のある始まり方ね?
面白い器……白磁器はこの前話題になったから、楽焼のことかしら? 一般人が『高そうな茶器』でイメージするであろう黒茶碗。
あれは白磁器に刺激を受けた千宗易(千利休)さんが個人的に作っているものなのだけど……そのあと資金援助したものね。私が作っていると解釈されてもおかしくはないのか。
「えぇ、まだまだ完成にはほど遠いですが、いずれは世に出ることでしょう」
「ほほぉ。噂によると漆黒の器なのだとか。どのようなものなのか想像もつきませんなぁ」
「う~ん」
別に私のコレクションの中から楽焼き(黒茶碗)を取りだして見せてもいい。
でも、今は千宗易さんが頑張っているのだから、その完成を待つべきでしょう。こういうのは は・じ・め・て♡ が大切なのだ。
『オタク特有の面倒くさいこだわり』
せめて数寄者とかへうげものって言ってくれません?
それはともかく。完成品をお見せするのは私のこだわり的にNGなので……ここは千宗易さんのところに行きましょうか。私としても進捗が気になるところだしね。
◇
「むぅう! この程度で! 納得できるものか!」
宗易さんたちの工房に向かうと、ガシャーンって感じの音が鳴り響いた。また宗易さんが出来の悪い茶碗を投げ割っているみたい。もう商人じゃなくて陶芸家を目指すべきなのでは?
窯の方に顔を出すと、一通り割って疲れたのか肩で息をする千宗易さんと、職人っぽい男性がいた。たしか宗易さんに巻き込まれた飴屋さんだっけ?
「旦那ぁ、またですかい?」
この前とおんなじ感じの呆れ声。なのだけど、あのときよりは飴屋さんに疲れた様子はない。あれかしら? 私の資金援助で懐に余裕があるから心にも余裕ができたとか?
『そうやってすぐ物事をお金で考えようとする……』
なぜか呆れられてしまった。お金は大事だというのに。解せぬ。
「ほぉ、これはこれは」
久っちが地面にうち捨てられた破片を興味深げに拾い上げた。
――黒。
まだまだ黒楽と呼べるほどではないけれど、それでも色はずいぶんと黒に近づいてきていた。
これは、思ったより早く『黒』に至るかもしれないわね。
あとの問題は形か。焼き上げ前のものを見るに、今はまだテンプレというか在り来たりな形をしているからね。これから工夫を重ねていけばもう少し面白くなるでしょう。
「いやぁ、これは完成が楽しみですな!」
少年のように目を輝かせる久っちだった。
…………。
……お、きゅぴーんときた。きゅぴーんときましたよ私。
「久っち久っち。そんなに気に入ったのなら、完成した暁には一つプレゼントしましょうか?」
「まことですか!?」
もちろんこの時代に『プレゼント』なんて言葉が通じるはずがないのだけど、たぶん
『……そろそろ
スキルの転職とか初めて聞いたわ。
それはともかくお金儲けの布石である。
「プレゼントしますから、茶会で使いまくってくださいな」
「…………。……ほぅ、なるほど。宣伝ですか。数寄者であればあるほど、黒き器を見れば欲しくなるでしょうからな。そして拙者は帰蝶様の名を出せば良いと?」
「話が早くて助かりますね」
「いえいえ、その程度の労力で黒き茶碗が手に入るなら」
げっへっへっとばかりに笑いあう私と久っちであった。
『類友』
まるで私と久っちが腹黒友達みたいな物言い、やめてもらえません?
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