第580話 閑話 信長の野望?


「この器は明の国からもたらされたものでして――」


「こちらは我が国で作られたものですが、中々――」


「最近は華美なものを避ける傾向もありまして――」


「三郎殿にはこちらなど――」


 今井宗久の邸宅にて。次々に茶道具を三郎に見せる松永久秀と宗久であった。


「お、おう、で、ありますか……」


 確かに興味があると言ったのは信長だ。教授して欲しいと願い出たのも信長だ。

 しかし、何の知識もないのに次々に器やら匙やらを出されても戸惑うだけである。


 そんな信長の態度から興味の薄さを察したのか、お互いの顔を見合わせて頷き合う久秀と宗久。


「こちらの茶器ですが、値段はなんと――」


「この茶釜は実は――」


「おおぅ」


 床に並べられた茶道具の値段を次々に口にされ、目を丸くする信長。茶道具が高いとは噂で聞いていたが、まさかこれほどとは……。


 無論、尾張で流通するような品はもっと安いのだが……ここは堺。そして今井宗久の収蔵品だ。その質は日本において頂点に近いと言っても過言ではなかった。


 そんなお高い茶道具で茶を入れられ、見よう見まねで啜ってみる信長。

 当然のことながら、茶の味などまるで分からなかった。





 茶会というか知識の詰め込み会が終わったあと。


「若。いかがでしたか?」


 信長の顔色から大体の事情を察したのか森可成が苦笑しながら問いかけてくる。


「うむ。茶道具とは高いのだな……」


「特に今井宗久殿は数寄者として有名ですからな。ああいう商人は、貴重な茶器を持っていること自体が『格』を上げることに繋がるのでしょう」


「……格、であるか」


 正直、茶器の良さなどまるで分からない信長である。

 しかし、これは使えそう・・・・だなと思う。


 茶道具を見る松永久秀や今井宗久の目には確かな狂気があった。貴重な一品を手に入れるためなら何でもやってしまいそうな目。


 数寄者。

 あるいは、へうげもの。


 あの狂気を、なんとか利用できないものだろうか? たとえば、武功を上げた者に土地ではなく茶器を与えるなど……。


「ははぁ、また面白きことを考えましたな」


 信長の発想を聞き、愉快そうに顎を撫でる可成である。


「帰蝶様は金銭や『勲章』とやらを与えることを目指しておりますが……戦働きの褒賞に土地を与えていてはいずれ無くなります。足利将軍家の権威が弱いのも、直轄領が少ないからだと帰蝶様がおっしゃっていましたし……」


「で、あるか」


 なにやら信長の知らないところで帰蝶との交流があるらしい。

 浮気の心配――よりも、可成に悪影響がないかと心配してしまう信長である。


「茶器を報酬に。それをするなら、まずは茶の湯と茶道具の価値を皆に知らしめなければなりませぬな」


「で、あるな」


 尾張すら統一できていない状況でどうこうできる問題ではないし、ゆっくり考えることにした信長である。



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