第40話 馬車
美濃から尾張まで川舟で長良川を下り、その後は船で堺まで行くことになるらしい。
川舟といっても帆付きの立派なもので、風を利用して遡上(川上り)できるものだとか。
ただ、帆走で遡上できるのは墨俣までらしいので、まずは稲葉山城から墨俣まで陸路で移動することになった。
そう、墨俣。
墨俣一夜城である!
『この時代には影も形もありませんけれどね』
逆に考えようプリちゃん。ないなら建ててしまえばいいと!
『建てる意味は?』
夢と浪漫と知識の誇示です。
『……軍オタってめんどくせー』
言葉遣いが乱れておりますわよプリちゃん?
まぁ墨俣一夜城はあとで建てるとして。まずは墨俣への移動である。
私としては(前の世界で乗馬経験があったので)城の厩にいた馬を借りようとしたのだけれども……父様や光秀さんから断固反対されてしまった。年頃の女性が馬にまたがるのはありえないらしい。
じゃあ徒歩でいいか~と思ったら『お姫様』だからそれもダメらしい。城下町を普通に歩いているんだから今さらじゃん、とツッコミしている間に話は進み、いま私の目の前には駕籠と駕籠者(担ぎ手)二人が用意されていた。
まぁ駕籠と言っても時代劇に出てくるような立派なものじゃなく、竹のフレームを
なんだか移動するだけで二人も人を使うのは気が引けたのだけど、一度くらい駕籠に乗ってみたかったのでありがたく使わせてもらうことにした。
◇
――無理。
マジ無理。
駕籠、マジ無理。
狭いから足を折りたたまなきゃいけないし、腰と背中も曲げなきゃいけないし、とにかく揺れる。舌噛むんじゃないかってレベルで揺れる。開始一分でギブアップした私、悪くないと思う。
馬もダメ。
徒歩もダメ。
駕籠は無理。
となると残る移動方法は……。
「……あ、アレがあったな」
アイテムボックスの奥底から私は“それ”を取り出した。
そう、『馬車』を。
二頭立ての紋章付き。いかにも貴族が乗りそうな馬車を。
前の世界で『王宮に出仕するならば馬車に乗ってください』と言われたので仕方なく用意したものだ。まぁ乗る機会もほとんどなくなって邪魔だったのでアイテムボックスの肥やしになっていたのだけど。
さすがに馬は入っていないけどね。生き物をアイテムボックスに入れるのは可哀想だから。私にだってそれくらいの常識はあるのだ。
『いえ、アイテムボックスに馬車が入るのってとんでもない常識外ですが? しかもそれでまだ容積に余裕があるって……』
ならば常識の方が狂っておるのだ、と格好いいことを言ってみる私。
さて馬はいないので手っ取り早くゴーレムを錬成して引いてもらう――いや、悪目立ちするか。あまり目立つのはダメ。私だって学習するのだ。
『戦国時代の日本で西洋風の馬車を使ってる時点で目立ちまくりですが』
残念学習範囲外です。
馬車なら文句はないでしょうと光秀さんを説得し、城から馬を二頭連れてきてもらう。
「――ほぉ、これが南蛮人の語る『馬車』ですか」
「車輪が四つとはまた豪勢な」
家宗さんたちが興味津々そうだったので、光秀さんを待っている間自由に見てもらうことにする。
『……何もない空間から馬車が出てきたのに、それに関しては無反応……。慣れって怖いですね』
プリちゃんはもうちょっと慣れてもいいと思うよ?
『そうなるとツッコミ役がいなくなりますが?』
すみませんでした。これからもよろしくお願いします。
私が全面降伏していることも気にせず家宗さんは馬車の扉を開けたり閉めたりしている。
「ふむ、これが『扉』というものですか……。蝶番はこの国のものと大差ありませんな。これなら再現も容易でしょう」
「無理して再現する必要もないのでは? 引き戸で十分でしょう」
「ほぉ! この腰掛け部分、何とも柔らかな素材でできていますなぁ!」
「扉に付いているのは
「風雨を防げますし、屋根が付いているのはいいですな」
「しかしここまで密封されていては冬はともかく夏は暑くてかないませんな。もう少し風通しを良くしなければ――」
なんだか馬車を作りそうな勢いで観察している商人四人だった。売れるようなら特許料でもせしめようかしら?
『……坂が多く、川が多く、道もガタガタなこの国で馬車は無理だと思いますけどね。京都の町中とかならまだいいでしょうけど』
なるほど貴族(公家)相手の商機だと? プリちゃんも悪よのぉ。
『四六時中金儲けのこと考えてる人に言われても』
失礼な。最近は三ちゃんのこともよく考えていますことよ?
『はいはい』
とうとうツッコミすら放棄されてしまった……。
あ、そうだ。
道が整備されていないなら、いっそのこと舗装道路を作ってしまえばいいのでは?
ローマ方式の街道なら……いや石畳は手間がかかりすぎるかな? となるとコンクリートかアスファルト……たしか縄文時代に天然アスファルトが使われていたはずだから……新潟油田……上杉謙信……内燃機関……。
『また面倒くさそうなこと考えてますね……』
なぜかため息をつくプリちゃんだった。
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