第519話 閑話 超勝寺実照・1
――淀川対岸。加賀一向一揆勢の本陣。
「うぅむ……」
加賀国より一揆を率いてきた超勝寺実照は悩んでいた。
この男、戦国時代にしては驚くほど鍛え上げられた、まさしく巌のような肉体をしているのだが……今は苦悩を表現するかのようにその身体を縮こませていた。
実照としては、本願寺と蓮淳様の要請で大坂まで派兵するのは仕方がないと諦めていた。蓮淳にはかつての内乱で加賀にまで援軍を派遣してくれた恩があるし……もし断れば超勝寺や信者たちが『仏敵』と見なされてしまうからだ。
加賀での権益と、信者。それを守るためならば加賀から大坂までの移動、そして長期の滞陣も耐えなければならない。
しかし、納得しているかというと、そうでもない。
本願寺から移動の間の兵糧支給はなく。超勝寺が準備できる米にも限度がある。必然的に信者たちには道中の村々から米を買わせたり、奪わせたりしたのだが……彼らには限度というものがなかった。
どうせ他国の異教徒という意識があるのだろう。信者たちは必要以上の米を奪い、必要のないはずの物資まで略奪していった。
これまで。加賀で戦う分にはさほどの問題はなかった。食料は各地の信者たちが自ら進んで寄進(寄付)してくれたからだ。補給など現地に行ってから考えれば良かった。
しかし、加賀から出てみると様相が違った。
一向一揆の勢力が弱い地域、特に京都周辺では兵糧を『信者が自らの意志で』寄進してくれることはなかった。
一向一揆を恐れて村人が逃げ出した村もあった。今の命を繋ぐため、保存用の食料すら差し出してくる村もあった。……抵抗し、信者たちから略奪され、火をつけられた村もあった。
――すべては、拙僧の不徳が起こしたこと。
信者を統率するべき拙僧が未熟だったが故。
このままでは大坂の地でも略奪は繰り返されるだろう。米も、野菜も、何もかもが足りていない。食料は本願寺や長島から輸送されてくると言うが、いつになることやら……。
しかも、城からの謎の攻撃により信者の多くは逃げ出してしまった。半減とまではいかないが、出鼻をくじかれたことにより信者の士気も低くなってしまっている。
さらには城から飛んできた
もしかしたら、自分も死んだらこのような目に遭うかも……。そう考えたであろう信者たちは明らかに戦意を喪失していた。
もはや信者たちに命を捨てた突撃をさせるのは不可能だろう。
そもそも、力攻めをするにしても、淀川を越えるだけで一苦労だ。一向一揆自慢の突撃も、川の中に入ればいい的になってしまう。
(ここは本願寺の本隊が城を攻め落とすことに期待して、我らは城を囲むだけにするべきか)
しかし、それをしようにも米が足りない。川があるので水の心配はないが、それだけ。それ以外は何もかもが足りないのだ。
とにかく、補給がなければ。
(下間頼言様……いや、蓮淳様に早急な補給を願い出なければ……。しかしどれだけ期待できるものか……)
…………。
「ぬぅ、これはいかん。ひとまずは身体を動かして思考を改めるか」
近くにあった岩を『鉄アレイ』のようにそれぞれの手で握り、腕を上下させる実照。この時代に『筋トレ』という概念はないし、筋肉など日々の鍛錬で勝手に付くものだと考えられている。だが、余分に身体を動かせば、その分多くの筋肉が付くことは経験で分かっていた。
筋トレによって悩みを吹き飛ばそうとする実照。そんな彼の元に、一つの報告が上がってきた。城側から和睦の使者がやって来たというのだ。
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