第49話 人助け



 少年のあとをついて行くと集落にたどり着いた。掘っ立て小屋でいかにも時代劇の農村風景に出てきそうな家々たち。すきま風とか酷そうだ。


 私がキョロキョロ辺りを見渡していると、少年が再び私の服の裾を掴んだ。そのまま私を引っ張っていき、集落の中でもひときわ大きな家の中に連れ込もうとする。規模からしてたぶん村長とか里長とかの家。


 う~ん、いくら私でもいきなり人様の家(しかも村長クラス)に入らない程度の常識は持ち合わせている。けれど、少年が招いて(?)いるのだし、敵意を持った人間が潜んでいるわけでもなさそうなので大人しく家の中へ足を踏み入れた。


「は、はじめまして~?」


 ちょっと苦笑しながら挨拶をすると、家の中にいた数人が驚いたようにこちらを振り向き、次いで、私の姿を見て目を丸くしていた。


 ふふふ、急に美少女が登場したせいで驚かせてしまったみたいね?


『どちらかというと『山姥』が出たと驚いているのでは?』


 誰が山姥やねん。


「い、市助。その南蛮人はどうした?」


 どことなく少年と面影が似ている初老男性が戸惑いながら声を上げた。


 床張りの部屋の真ん中に畳が敷いてあり、咳の止まらない男性が寝かされている。その周りに奥さんらしき女性と、初老男性が座っている。


 ……ふむ、少年の父親が病気で、妻と祖父が看病していたというところかしら?


「じい。おっとう、病気、治る」


 片言ながらも不思議と通る声を出す少年(市助君?)だった。こういう『通る声』の人間って戦場での指揮官に向いているのよねーとちょっと場違いな感想を抱いてしまう私。


 そんな私をお爺さんが訝しげな目で見つめてくる。


「南蛮の医者か? しかし、すでに大坂から偉いお坊様が祈祷しに来てくださることになっているから――」


 すげぇ。西洋医術より加持祈祷を信じるのかこの時代の人。そりゃあ現時点の西洋医学も未熟だろうけどさ、生臭坊主のお祈りよりは効果があると思いますよ?


 いや呪術とかなら坊さんの出番もあるかもしれないけど……それだとどっちかというと陰陽師の出番よねぇと考えながら私は病床の男性を観察し始めた。


 むくんだ顔。

 けいれん性の特徴的な咳。

 ヒュー、ヒューという笛のような呼吸音。

 百日咳ってところかしら? 大人でここまでの症状が出ているのは珍しいわね。


 本来ならきちんと鑑定眼アプレイゼルで鑑定して病名を特定するところ。でもまぁ今回はポーションを使っちゃう(ウイルス性の病気にはポーションの方が向いているのだ)ので細かく見る必要はない。口開けて飲ませればあとはナノマシンがいい感じに治してくれるし。


「はい、というわけで『阿伽陀アッキャダ』です。これを飲めば治りますよ?」


「は、はぁ……?」


 市助君以外から疑いの眼差しを向けられてしまった。完全なる善意でやってあげているというのに。解せぬ。



『いきなり『阿伽陀です』とか言われても狂人か詐欺師にしか見えないでしょうに』



 坊主の加持祈祷を信じて私を信じないとか、解せぬ。


 何がヤバいって、百日咳って放っておいても治ることが多いのだ。つまり、加持祈祷を受けてしばらくすると自然回復するのだけど、患者からしてみれば『お坊さんのおかげで治った! 寄進(寄付)しなければ!』となってしまうのだ。私じゃなくて坊主の方が詐欺師だと思いまーす。


『いえ完全に主様の方が詐欺師かと』


 詐欺なんてしたことありませーん。


『……なるほど、嘘つきの『詐欺なんてしたことない』という証言を聞いて、騙される方が悪いと? さすが主様です』


 なにがなるほどなのか。どこに感心しているのか。プリちゃんは私を何だと思っているのか。清廉潔白純真無垢な美少女とは私のことですよ?


『そういうところです』


 こういうところらしい。ワタシ、清廉潔白。ワタシ、純真無垢。ウソツイテナイネ。


 まぁいいや。

 いちいちポーションの効能を説明するのも面倒くさいのでさっさと治してしまうことにする。まずは抵抗されないように威圧ズウィンをかけて――


 ――ふと。私の視界の横で何かが動いた。威圧ズウィンの範囲対象外だった市助君だ。


「…………」


「…………」


 目と目で打ち合わせをして、頷き合う私と市助君。言葉も無しでのこの連帯感はもはや肉親のそれだろう。



『たとえ肉親もアイコンタクトで通じ合うことなんてできないと思いますが』



 プリちゃんのツッコミを聞き流しつつ、まずは市助君が病人(お父さん)に取り付いた。そのままいい感じに口を開けさせてくれる。


 そして。私が、お父さんの開いた口にポーションをビンごと突っ込んだ。


「ごぼがぼっ!?」


 うまく飲み込めていないようだったので魔法でポーションを操り、喉から胃袋まで無理やり飲み込ませる。よし、あとはナノマシンが適当にやってくれるでしょう。


 一仕事終えた私は市助君に親指を立てた。いわゆるサムズアップとかグッドサインと呼ばれるものだ。


 もちろん戦国時代にそんなジェスチャーはないはずなのだけど、市助君は魂で意味を感じとったのか同じように親指を立ててくれた。


 うんうん、市助君のお父さんの病気をタダで治してあげたとかまさしく薬師如来の化身よね。良いことをしたあとって気分がいいわ。


『……そういうところです』


 こういうところらしい。



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