第50話 薬師如来の化身(ショタコン)
「せ、咳が止まった!?」
「え!?」
「ま、まことか!?」
ポーションの効果が出たのか市助君のお父さんたちが驚愕の声を上げていた。奥さんらしき人なんて状況を理解したあとは涙まで流している。
現代知識で見ると百日咳って(大人なら)そこまで酷くなる病気じゃないのだけれど。そんな診断もできない上、結核とかの可能性もあったのだから喜びもひとしおなのでしょうきっと。
なんだか『阿伽陀……まさしく薬師如来の化身か!』と拝まれている気がするけれど、気のせいということにしておく。
『いえ完全に拝まれていますが。信仰心が発生していますが』
ポーションをビンごと口に突っ込まれたのに信仰してしまうとか、チョロすぎない戦国時代の人?
私が(自分の行動を棚に上げながら)呆れていると、またまた服の裾を引っ張られた。
「……ありがとう。おっとう、治った」
うんうん、おねーさん、ちゃんとお礼が言える子は好きよ? どっかの王太子なんて助けられて当たり前と勘違いしていたし。
思わず市助君の頭を撫でていると、市助君はちょっとくすぐったそうにしながら私を見上げてきた。
「――ねぇね、ありがとう」
「…………」
ねぇね。
つまり、お姉ちゃん。
ずぎゅんときた。
バキューンときた。
ビビビッときた。
姉。
おねーさん。
おねーちゃん。
そうか! その手があったか!
「弟ならしょうがないわね! ちょっと美濃まで連れて帰りましょう!」
『落ち着けショタコン』
「ショタコンじゃないわよ!? 姉と弟が一緒にいるのは普通のことでしょう!?」
『あなたの思考回路は普通じゃありません』
「姉と弟が――」
『以下略』
「略された!?」
『……そもそも、あなたもう運命の相手(笑)に出会ったでしょうが。浮気はどうかと思いますよ?』
「浮気じゃありませーん。弟枠でーす。夫は一人だけだけど弟なら何人いてもいいんでーす」
『……人間のクズ』
「もうちょっとオブラートに包んでくれないかしら!?」
私とプリちゃんがいつも通りのやり取りをしていると、
「……ねぇね、その光の球、何? しゃべっているけど」
「…………」
『…………』
あれ? もしかしてプリちゃんが見えてる?
プリちゃんって人工とはいえ妖精だから、普通の人間には見えないはずだし、声も聞こえないはずなんだけど。
「まさか、『妖精の愛し子』……? え、冗談じゃなく美濃に連れ帰るべきなのでは?」
『連れ帰るかどうかはともかく、貴重な人材であることに変わりはありませんね。まさかこの世界に妖精が見える人間がいたとは……。いえしかし陰陽師安倍晴明の逸話を見るに妖精と関わり合いのある人間もいる可能性がありますし、ここは高野山も近いですからそういう『血』が流れてきても不思議では――』
はいプリちゃんが長考に入りました。今が好機! さっそくお義父さんとお義母さんに市助君義弟計画を伝えて――
「――で、あるか」
背後からとても有名な、とても聞き慣れた言葉が聞こえてきた。
おっとー? 屋内の気温が数度下がったぞー? あははーまさかこの世界に気温操作ができる人間がいただなんてー。
ぎぎぎ、と。ぎこちない動きで振り返る私である。後ろにいたのはやはりというかなんというか最愛の人だった。
「ち、違うのよ三ちゃん! これは弟! あくまで弟だから!」
「で、あるか」
ガッシリと私の肩を掴む三ちゃんであった。わぁ、鍛えているだけあって凄い握力ー。惚れ直しちゃいそー。
「わ、私が愛しているのは三ちゃんだけだから! 恋愛対象は三ちゃんだけだから! 弟は別腹だから!」
「で、あるか」
会話してくれませんかね!? 何でもかんでも『で、あるか』で済ませようとするのは三ちゃんの悪い癖だと思います!
「で、あるか」
あかん言い訳が通じない! ど、どうしてこうなった!?
『……完璧に自業自得かと』
◇
三ちゃんの責めは凄かった(意味深)
『あなたが言うとエロい意味にしか聞こえませんね。実際は正座されられてのお説教だったのに』
人がせっかく意味深な言い方をしているのに!
『正論を並び立てて説教する信長とかとても面白かったですよね。イメージ逸脱しすぎてて』
まぁ織田信長って理路整然と説教するよりプッツンしてバッサリしそうなイメージあるものね。……追ってきた平手さんが『若様……成長なされて!』と感涙していたのでイメージ通りなのかもしれない。
ちなみに同じく追ってきた光秀さんは『また何かやらかしたのか帰蝶……』と頭を抱えていた。解せぬ。
三ちゃんからのお説教はある意味ご褒美だったのでいいとして。私は一度咳払いしてから『
百日咳は感染症だからね。幸いにして家族には感染していなかったけど、ここは念のために浄化してしまった方がいいでしょう。特に子供の市助君が危ないし。
市助君とお母さんにそれぞれポーションを手渡す。
「お父様の病気は感染性のものだったから念のために渡しておくわ。元気だったら無理に飲まなくてもいいから、いつか別の病気で困ったときに使えるよう取っておきなさい」
「うん。ありがとう、ねぇね」
ねぇね。やっぱりいいわぁ萌えるわぁ。
私が(自分でも分かるレベルで)頬を緩めていると、なぜか三ちゃんが不機嫌そうな声を上げた。
「なんだ、帰蝶はまた男を落としたのか?」
人聞きが悪すぎである。こんな彼氏いない歴=年齢だった私を捕まえて。
「……光秀から話は聞いたぞ。光秀だけではなく生駒家宗や今井宗久、小西某まで口説き落としたそうではないか。しかも犬千代やその小童まで……」
いつ口説き落としたというのか。と、抗議したかった私だけれども。よく考えたら今の状況って憧れの『逆ハーレム』なのでは!? ダメよ私には三ちゃんという人が!
『大部分が既婚者ですが』
夢くらい見させてください。さすがの私も既婚者は攻略範囲外でござる。
きちんとお礼を言える偉い市助君の頭を私が撫でていると、三ちゃんが不機嫌そうに刀の鯉口を切り――そうになったので、柄頭を押さえて止めた私である。
「落ち着きなさい三ちゃん。私の弟ってことは、あなたの義弟になるのよ将来的には!」
「……それがどうしたというのだ?」
「分かってないわねぇ。こんな可愛い男の子が弟になるのよ!? 最高のご褒美じゃない!」
「……帰蝶はときどき訳の分からぬことをほざくのぉ」
なにやら呆れたようにため息をつく三ちゃんだけど、刀から手を離してくれたのでよしとする。
『いえ全然よくないですが。未来の夫から完全に呆れられていますが』
私と三ちゃんの絆はこの程度で壊れないから平気なのだ。たぶん。きっと。おそらくは。
「…………」
私と三ちゃんのやり取りを眺めていた市助君は何か思いついたように一度頷き、三ちゃんに顔を向けた。
「ねぇねの夫……にぃに?」
にぃに。
つまり、お兄ちゃん。
「…………、……はっはっはっ、中々面白いことを言うではないかこの小童は」
嬉しそう。
それはもう嬉しそうに市助君の頭をがしがしと撫でる三ちゃんだった。
『信長にも弟がいますが、『うつけ』として距離を取られているでしょうしね。しかも、母親が同じ弟・信勝は後継ぎの座を争うライバルですし。実母の愛情も信勝にだけ向けられていたとされていますから。純粋に『弟』として可愛がることのできる市助君は意外と貴重な存在なのでは?』
三ちゃんの家庭環境、ハードである。母親から愛されないのなら――その分私が愛するしかないわよね!
市助君の頭を撫でる三ちゃん。
そんな三ちゃんの頭を撫でる私。
「……何をしているのかおぬしは」
声こそ不機嫌そうだし顔つきも不機嫌そうだけど。それでも三ちゃんが喜んでいることは分かったので私は存分に彼の頭をなで回したのだった。
そんな私たちを見て市助君の家族は『なんだこいつら……』って顔をしていたけれど、きっと気のせいだ。気にしなければ気のせいだ。
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