第48話 超高速船旅



 ――海!

 デートの定番!


 もうこのまま浜辺で三ちゃんとキャッキャウフフして一日を費やしてもいいんじゃないかな!?


『四日で堺から戻ってくると約束したんですから、さっさと船に乗ってください』


「へーい」


 プリちゃんに背中を押されながら(プリちゃんは光の球なので実際押されているわけじゃないけど)宗久さんたちが準備してくれた船に移動。


 安宅船(大型軍艦)ほどではないものの、大きな船だった。見た目だけなら弁才船に近いかも。というか時代的には弁才船そのものかご先祖様かな?


 本物の安宅船とかいないかなぁと港を見渡してみたけれど、安宅船どころか関船も見当たらなかった。残念無念。


 いや、逆に考えよう私。

 見つけられないなら作ってしまえばいいと! 


『……主様のその無駄な行動力は何なんでしょうね?』


 プリちゃんに『アグレッシブで素敵!』と褒められてしまった。照れるぜ。





 さすが貿易港だけあって、戦国時代にしては海上交通量が多い。


 このままのんびり風待ちしながら船旅をしていたら四日以内に堺まで行って帰ってこられないので、伊勢湾を抜けて太平洋に出た(つまりは周りに船が少なくなった)辺りで私は手を出すことにした。


「はい、みなさん。ちょっと急ぐのでここに腰掛けてください」


 アイテムボックスにしまっておいた砂を落とし、ゴーレムを椅子型に錬成する私。光秀さんや可成君はこのあとどんな展開になるのかだいたい予想が付いたのか大人しく椅子に座った。


 反応しきれていない平手さんや愉快な仲間たちも可成君が促したことで椅子に座ってくれた。歯を食いしばり、足を踏ん張るようにお願いする。


 そして――


「――三ちゃんも椅子に座りましょうねー?」


 船の舳先(タイタニックごっこするあの場所)に陣取る三ちゃんに警告するけれど、どうやら聞き入れるつもりはなさそうだ。


「わしはここでいい!」


 初めて船に乗った子供のように目を輝かせる三ちゃんだった。ちょっと可愛い――いや三ちゃんは全力で完璧に可愛いわよね。



『ポンコツ魔女……』



 やっかましいわ。


 時代が時代だし、もしかしたら本当に初めての船旅なのかもね。だとしたら素直に言うことも聞かないかしら? そう考えた私はこれ以上の警告は止めた。


 くっくっく、優しいおねーさんの助言を聞かなかったこと、後悔するがいい。


 え~っと、まずは身体強化魔法の応用で船体を強化して~、帆柱や帆とかも強化して~、あとは風よけと三ちゃんが海に落っこちないよう結界も張っておきましょうか。


「…………」


 瞼を閉じ、周囲の魔力を感じ取る。……ほうほう、あの辺に魔力溜まりがあるから利用して――



「――吹けよ神風! 嵐がごとく!」



 ノリと勢いで決めた呪文を叫ぶと、船の背後から突風が吹き荒れた。台風並みの暴風だ。

 普通なら転覆してもおかしくはないところ。だけど、そこは魔法でいい感じに何とかした私である。何をどうやったか詳しく説明しろと言われても困るけど。


「ぬわぁあああああぁあっ!?」


 急加速に耐えられなかったのか三ちゃんが舳先から船尾に向けて転がっていった。ゴロゴロと。やべぇ、転がっていく織田信長(15歳)とか超面白い。


「な、なんの! 負けるかぁ!」


 揺れる船体をものともせず立ち上がり、再び舳先に歩いて行く三ちゃん。超格好いい。舳先までたどり着いて海風を一身に受ける三ちゃん、超格好いい。……まぁ結界魔法でほとんどの風は防いでいるんだけどね。格好いいものは格好いいのだ。



『やはりポンコツ……』



 やっかましいわ。



         ◇




 堺まであと少し。

 と、いうところで休憩を強く強くお願いされた。船酔いがもう限界らしい。


 紀伊半島の潮岬で盛大にドリフトをしたのがトドメになってしまったみたい。まったくもーみんな軟弱ね。揺れる船体をものともせずに舳先で立っていた(そしてドリフトで横に吹っ飛んだ)三ちゃんを見習って欲しいものよね。


 もちろん、結界を張っていたので三ちゃんが海に投げ出されることはなかった。偉いぞわたし。


『なんだかもうツッコミするのも嫌になりますよね』


 見捨てないでください。


 まぁとにかく、今井宗久さんの指示に従って河口近くの港で一旦休憩を取ることにした私たちである。


 紀伊半島と言えば雑賀衆よねーと考えていると、私たちの船に小型の船が近づいてきた。乗っている男たちはいかにも『海の荒れくれもの』って感じの見た目をしている。


 出発前に家宗さんが話してくれた『海賊』ってやつかな? 略奪が目的じゃなくて、通行料をせしめるのが主な仕事らしい。まぁ通行料を払わないと容赦なく略奪していくらしいけど。


 …………。


 ……ここは海賊退治して三ちゃんに惚れ直してもらう絶好のイベントなのでは!?


『やめてくださいね。あなた手加減が下手なんですから紀伊半島が沈没しますよ?』


 手加減間違えて半島を沈没させるって、プリちゃんは私を何だと思っているのか……。


 そんなやり取りをしていると海賊の一人が船に乗り込んできた。最初は『げへへ、金と女を寄越しな!』と言わんばかりのゲスい顔をしていたのだけど、船内の惨状(私と三ちゃん以外が船酔いでダウン)を見て顔色が変わった。


「おいおい、どうしたよ? 嵐にでも巻き込まれたか?」


 フラフラと立ち上がった今井宗久さんが営業スマイルを浮かべる。


「えぇ、そのようなものでして。できれば港でしばらく休ませていただければと」


「……あぁ、よく見たら今井の旦那でしたか。あまりにも弱っていたもんで気がつきませんでしたわ」


 取引があるのか敬語になる海賊さんだった。

 普段の宗久さんって『武士!』って感じだものね。気がつかなくてもしょうがないでしょう。


「旦那の頼みならしょうがねぇ。船を着けますんでちょっと待っていてください」


 海賊さんに案内されて私たちは港に停泊することになった。





 なんというか、古き良き漁村って感じだった。港とはいえコンクリートの岸壁なんてものはもちろんなく、船を直接浜辺に乗り上げさせる形式だ。


 ……よく考えたら津島にも桟橋はなかったし、大型船が直接横付けできる桟橋を作ったら効率アップできるね。ふ~む、となると、やはりコンクリートか……。


『また面倒くさそうなことを考えていますね』


 だって今のうちに港関係の利権を買い占めておけば将来的に大金持ちになれるんだよ? むしろやらないという選択肢はなくない?


『そのために大枚叩いて港の整備をするのは本末転倒だと思いますけどね』


 なぜかため息をつかれてしまう私だった。


 海賊さんたちは意外と優しいのか、船酔いしたみんなに水を持ってきたり何かと気遣ってくれている。


 船酔いなんて放っておけば治るというのが私の信条だけど、まぁたぶん今回は100%私が悪いのでさっさと回復魔法を掛けてあげることにした。


 みんなの元へと歩み寄り、周囲の魔力をかき集める。自分の魔力を使うのは疲れるからね。



「――道を知れ。ヒルデガ神の奇跡を、今ここにルト・フォン・ビンゲン



 高度広範囲回復魔法。

 俗な言い方をすれば、エリアヒール。


 一人一人に掛けるのは面倒くさ――ごほん、時間がかかってしまうので一気に全員回復させてしまったわけだ。



『そんな理由で回復魔法の最上階位を使うの止めてもらえません? 普通、最上階位の魔法って適性持ちが数十年修行して至れるかどうかなんですけど』



 この程度で最上階位とか、みんな修行が足りなさすぎである。


 エリアヒールは炎系の魔法のようにど派手さがあるわけじゃないので、エリアヒールだけだと『なんか知らないけど急に体調が回復した!』となってしまうかもしれない。


 なので、船酔いしたみんなの周りに光り輝く魔法陣(特に効果はない)を展開しつつ、風魔法で私の銀色の髪をいい感じになびかせながら、下方向から魔法でライトアップしてみた私である。うんうん、我ながら何という神々しさ。ここまですればきっと『帰蝶様が何かやったに違いない!』と分かってもらえることでしょう。



『……なぜわざわざ無駄な魔力を使って無駄な演出をするんですかね?』



 無駄じゃありませーん。必要な演出でーす。


 そう、演出は大事。家宗さんたちは驚きの目で私を見ていたし、隆佐君なんて手を合わせて拝んできているのだから。やはり演出は大事なのだ。大事なことなので二回言いました。



『自分で船酔いさせて、回復してあげて、それで尊敬されるんですから酷いマッチポンプですよね』



 はははっ、何のことか分からないでござるよ。


 とぼけながら何の意味もない魔法陣を消していると――服の裾を引っ張られた。


 私が振り向くと、10にも満たないような少年が私を見上げてきていた。かなりの美少年。だけど残念、いかな美少年を投入しようとも、もう三ちゃんに出会ってしまった私の心は動かされないのだ!



『……出会っていなければ動かされていたんですか、このショタコン』



 ショタコンじゃありません。可愛い男の子と女の子の味方なだけです。


「えっと? きみ、何かご用かしら?」


 私が首をかしげると少年も釣られて首をかしげた。うむ可愛い。


「……おっとう」


「へ? おっとう?」


 たしか時代劇とかで『お父さん』って意味で使われる言葉よね? まさか私をお父さんだと勘違いした? ふふふ、こんな美少女を男と間違えるとはいい度胸じゃないの少年。


 頬を引っ張ってやろうかしらと少年に手を伸ばすと、少年は『するり』と私の腕をすり抜けて駆けだしてしまった。港から陸地の方へと。


 中々すばしっこいというか、私の『頬引っ張り』から逃げられる人間なんてそんなにいないと思うのだけど……。見た目は少年なのに結構鍛えているのかしら?


 少し歩いては立ち止まり、チラチラとこちらを見てくる少年。ついてこいってこと?


 俄然興味が湧いてきた私は少年の後を追って陸地の奥に向かった。



『少年に興味を抱いて追いかけるとか、完全に犯罪者ですよね』



 プリちゃんは私を貶めないと死ぬ病気なのかしら?




 ちなみに。


「――その鍛え上げられた肉体! 中々の益荒男とお見受けする! 儂の名は十ヶ郷の源三! ぜひお手合わせ願いたい!」


「ふっ! 名乗られたならば受けねばなるまい! やってしまえぃ光秀!」


「それがしっ!?」


 三ちゃんたちはなぜか海賊さんたちと相撲を取り始めてしまった。ごくごく自然に(三ちゃんに)巻き込まれる光秀さんに涙を禁じ得ないけど、まぁ仲は良さそうなので放っておくことにした。


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