第47話 本能寺の変(1548年)


 三ちゃんとの旅に平手さんたちもついてくることになった。まぁ『敵国の姫との旅立ちを黙って見送りました』とか下手すれば切腹案件だものね。是非も無し。


 城に戻って引き継ぎやら旅装やらの準備をする平手さんたちを待ちながら三ちゃんとのんびり会話する。


「堺とはまた遠いな。何をしに行くのだ?」


「ちょっと銅鉱石を受け取りに。あと錫と鉛も必要だし。ついでに硝石も今のうちから買い占めておこうかしら」


「ほぅ、銅鉱石や錫は使い道が分からんが、鉛と硝石か。帰蝶も火縄銃の重要性を認識しておるようだな」


 鉛はどちらかというと灰吹法に使うために入手しようとしているんだけど、まぁ硝石を買うってなったら『鉄砲の弾丸用の鉛』って思うわよね普通。


 なんやかんやで話題は火縄銃中心となり、火縄銃の運用方法について盛り上がる私と三ちゃんであった。


 それはいいのだけど……三ちゃん、ゴンサロやマウリッツ、グスタフ・アドルフとか知っているはずないわよね? この時期だとまだ戦に投入できるほどの火縄銃も持っていないはずよね? なんだか火縄銃の集中運用に関して驚くほどの知見というかアイデアを持っているんだけど……。



『……元々の『信長』の発想力を、主様の軍オタ知識が補強して加速させてしまっているのでしょうね。この世界の鉄砲戦術がどうなってしまうことやら』



 未来知識を使って無双するのはちょっと気が引けるけど、あくまで現地の人が思いついたなら問題なくない?


『問題しかないですね』


 プリちゃんがため息をつくのとほぼ同時、三ちゃんがジトッとした目で私の背後、つまりは後ろに控える光秀さんを睨め付けた。


「……で? その男は帰蝶の何なのだ? ずいぶんと親しげにしておったが」


 戦国時代では『小脇に抱えて転移魔法!』を親しげと表現するらしい。ジュネレーションギャップ(数百年)か……。



『親しげ……まぁ、赤の他人を小脇に抱えたりは――いえ主様ならやりかねませんね』



 おもしれー女扱いは止めてもらえません?


 三ちゃんからの睨み付けを受け、不機嫌そうに半目になる光秀さん。


「帰蝶の『いとこ』であり、家臣でもある明智光秀だ」


 あれ光秀さんいつもの敬語はどこ行きました?


 私の両肩を掴み、引っ張り、三ちゃんから距離をとらせようとする光秀さん。……これは、あれでは? 世に聞く『逆ハーレム』というものでは!? やめて! 私のために争わないで!


『……ただ『妹分』が『うつけ』に嫁ぐのを許容できないだけでは?』


 夢くらい見たっていいじゃない。


 光秀さんの返答に三ちゃんがにやりと口角を上げた。


「ほぅ? 家臣? 女性の家臣になるとは奇特な男もいるものよの」


「……女性? だからどうした? そんな価値観でしか物事をはかれぬような男の元に帰蝶は嫁がせられないな」


 ちょっと光秀さーん!? その子『織田信長』ですよー!? そんな無礼な口の利き方したらへし切長谷部られますよ!?


 と、私がアワアワしていると。予想に反して三ちゃんは快哉とばかりに笑いだした。


「はっはっはっ、小舅のようなことを言いおる。それに、敵国とはいえ織田弾正忠家の嫡男であるわしへの不遜な物言い、気に入った。――貴様ほどの男が仕えるに値する女か?」


 大物感を漂わせながらも、三ちゃんの左手は刀の鯉口を切っていた。この子やっぱり短気だわ。


「……帰蝶の価値が分かっているからこそ妻にと望んだのだろう?」


 対抗して背中の刀袋に手を伸ばす光秀さん。ちなみに入っているのは刀じゃなく火縄銃だ。例のAランク品。


 こんな近距離で火縄銃を手にしてどうするんだと思うかもしれないけれど、火縄銃って極論すれば『ぶっとい鉄パイプ』だからね。接近戦で振り回せば刀の方が刃こぼれ&ひん曲がる鈍器なのだ。(なお火縄銃の値段は考えないものとする)


 ……たぶん、『火縄銃じゃなくて腰の刀を使えばいいのでは?』というツッコミはしてはいけないのだと思う。光秀さんって意外とポンコツだし。



『主様からポンコツ呼ばわりとか切腹ものでは?』



 どういうことやねーん。


 刀の柄に手を伸ばす三ちゃんと、火縄銃を刀のように握る光秀さん。あれこれまずい展開? 本能寺の変(1548年)が始まっちゃう?


 一触即発な雰囲気の中、三ちゃんが不敵に笑った。


「はんっ、価値があるから妻に望んだと? 違うな。能力でも家の力でもない。――帰蝶が面白き女だからよ」


「…………」


 光秀さんの纏った空気が弛緩し、火縄銃を降ろした。きっと三ちゃんの答えが『小舅』さんのお気に召すものだったのでしょう。三ちゃんもそれを察したのか刀を納める。


 それは喜ばしいことなのだけど……あの、三ちゃん? あなたまで『おもしれー女』扱いしてくるの止めてもらえません?



『いえ、どこからどう見てもおもしれー女ですし』



 親友から断言されてしまった。解せぬ。




     ◇



 危ういところで戦国本能寺1548が回避された頃、旅の準備を終えた平手さんたちが戻ってきた。


 ちなみに同行する三ちゃんの愉快な仲間たちだけど、森可成君以外の人の名前は犬千代と勝三郎、新介と左馬允らしい。


 犬千代はたしか前田利家だし、プリちゃんによると勝三郎は池田恒興、新介は毛利新介(良勝)、左馬允は津田盛月のことらしい。


 犬千代は私でも知っているし、毛利新介は桶狭間の戦いで今川義元の首を取った(将来取ることになる)人物、池田恒興も名前くらいは知っているけれど……津田盛月って、誰?





 津田盛月。聞いたこともないのでプリちゃんに解説してもらう。


『信長に仕え始めた時期は不明。尾張統一以前から活躍した武将ですが、柴田勝家の代官を斬り殺して追放。その後は豊臣秀吉に仕えたようですね』


 三ちゃん家臣を追放しすぎでは? 確か前田利家とか林さんとか佐久間さんとかも追放しているよね?


『織田軍の機密情報を知っているであろう人間を殺さずに追放するのですから、優しい方かと』


 優しいのか。怖いな戦国時代。


『しかし、犬千代はまだ信長の小姓になっていないはずですが……まぁ、いいですか』


 とうとうプリちゃんが史実に対するツッコミを放棄してしまった。この前も放棄した気がしないでもない。もっと真面目にやれ歴史的事実。


 人数が増えすぎて生駒家宗さんたちと一緒に乗ってきた舟では収容しきれないので、家宗さんたちには(持たせておいた魔導具で連絡して)そのまま港まで向かってもらい、私たちは別の川舟を用意して港に向かうことになった。



「「「若~! お気を付けて~!」」」



 どこから聞きつけたのか三ちゃんの見送りをする少年たちがいた。


「三ちゃん、あの子たちは?」


「うむ、農家の次男や三男らだな。どうせ親から引き継ぐ農地もないのだし、鍛えて軍団でも作ろうと思っておる。流民を雇うのもいいな」


 お~、桶狭間で活躍したというアレか。いいよねぇ常備軍。兵農分離。軍オタの浪漫だよ。


 ……ここは私も美濃で常備軍を編成するべきでは? これからもお金は順調に稼げそうだし、養うくらいはできるでしょう。


『……そんなもの作ってどうするのですか?』


 え? え~っと……三ちゃんが浮気したら攻め込ませるとか?


『北条政子じゃあるまいし……。そもそも信長はそこまで兵農分離していなかったとか、大規模な常備軍なんてなかったんじゃないかという学説も――』


 そんな夢も浪漫もない学説などいりませぬ。正しいことが正しいとは限らないのだ (哲学)


 いつも通りなやり取りをしつつ舟でのんびり川下りをしていると、なにやら熱い視線を向けられていることに気がついた。いや正確に言えばずっと前から気づいていたけれど、なんだか面倒くさそうな気配がしたので無視していたのに、結局は根負けしたというか……。


「……犬千代さん。何かご用でしょうか?」


「はい! 拙者、感服いたしました!」


 耳がキーンとなるほどの大声だった。この子、背が高いこともあってかなり目を引く美少年(たぶん12歳くらい?)なのだけど……なんだろう? どことなく大型犬っぽい雰囲気を振りまいている。


「えっと、感服とは?」


「はい! 帰蝶様は若様の我が儘を頭ごなしに否定するでもなく、唯々諾々と従うのでもなく、若様を信じ、切腹覚悟で責任を負おうとするとは! あれこそがまさしく『伴侶』のあるべき姿であるかと!」


 やだー、伴侶だなんて照れるー。

 と、ふざけられるほど私の神経は図太くなかった。


 な、なんだか妙な方向に高評価をされているような? 夫がアホな言動をするたびに連帯責任負わされる『伴侶』とかいくつ命があっても足りないと思うわよ? 大丈夫? 犬千代の伴侶になるはずの まつさん、大丈夫?


 私の心配をよそに犬千代君はヒートアップしていく。


「これからは是非『姐御』と呼び慕わせていただきたく!」


「……ん~?」


 私はいつから極道の妻になったのか。いや戦国大名とかある意味で道を極めていそうだけど。


(へ~い、プリちゃん。戦国時代に『姐御』なんて呼び方あったの?)


 あまりにぶっ飛んだ展開にそんな質問をしてしまう私だった。


『……さすがに確かな文献は見つかりませんが……甲陽軍鑑には『信玄の姉御』という記述があったはずですし……いえしかし『姉御』と『姐御』では字も意味合いも違いますか。そもそも信玄の姉御とはそのまま実の姉を指しているはずですし……』


 あかんプリちゃんツッコミ役が長考に入ってしまった。圧倒的なツッコミ不足。

 三ちゃんたち尾張勢は良くも悪くも慣れているのかスルーしているし、光秀さんは状況についていけてない。ここは私がツッコミをしなきゃいけないのだけど……うん、私にツッコミ役は無理だわな。


「――ふっ! 私の弟分になれるまでの道のりは険しいわよ! 犬千代君についてこられるかしら!?」


 私が立ち上がりながらそう煽ってみると、犬千代君は『うおおお! 負けてなるものか!』とばかりにメラメラと瞳を燃やしていた。やだ、この子ちょっと面白いかも。これは私も頑張らなければ。



『……主様の悪ふざけを加速させる人間が登場しましたか……この世界、滅びますね』



 悪ふざけで滅びる世界って何やねん。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る