第46話 一緒に堺へ



 なんだか三ちゃんからの評価が急降下している気がしているけれど、気のせいだと信じたい。私と三ちゃんの絆はこの程度で壊れないのだ。ぐすん。


『だいたい100%自業自得ですが』


 平手さんを許しただけじゃないかー。解せぬ。


『言い方が悪すぎます。あれでは『逆らったらバラす』と脅しているようなものでしょうに』


 どうやら『マムシの娘』という偏見が私の言葉に裏を込めてしまったらしい。おのれ美濃のマムシ。許さんぞ。


『そういうところです』


 こういうところらしい。


「まぁいいや。三ちゃん、ちょっと堺まで行ってくるけど何か欲しいものはある?」


「堺か。津島(尾張の貿易港)よりもはるかに栄えているらしいな。南蛮船も立ち寄ると聞く。ふむ――」


 なんだかイタズラを思いついた悪ガキのような顔をする三ちゃんだった。そんな顔も素敵である。


「――決めた! わしも堺に行くぞ!」


「「「はぁ!?」」」


 平手さん、可成君、そして光秀さんが驚愕の声を上げた。うん、気持ちは分かる。那古野城の城主で弾正忠家の嫡男である三ちゃんがそう簡単に尾張を離れられるはずがないし。光秀さんからしてみれば『帰蝶に加えて信長の面倒も見ろと!?』って感じだろう。私の監視だけでも大変なのに。


『自覚があるならもう少し自重して、光秀さんに苦労を掛けないようにするべきでは?』


 え? 自重もしているしなるべく迷惑も掛けないようにしておりますが?


『……やはり本能寺っても許されると思います』


 本能寺を動詞にするのは止めてください。


 光秀さんは給料アップを考えておくとして。ここは私も反対しておくべきだろう。三ちゃんにも立場があるし、この時代の尾張から堺までの旅なんて何日かかるか分からないのだから。


 しかし、である。



 ――考えようによっては三ちゃんとの初デートになるのでは?



『ほんとポンコツですよね』



 プリちゃんからの大絶賛であった。照れるぜ。


「……三ちゃんも十五歳ですし、そろそろ見聞を広げるのもいいのでは?」


 私がそう言うと、なぜか『止めてくださらないのですか!?』と絶望の顔をする可成君だった。



『主様に期待するから……』



 期待外れみたいな言い方止めてくれません? 私ほど期待以上の成果を残す人はいませんよ?


『はいはい』


 せめてツッコミしてください。


「な、なりませんぞ若様! 五日後には末森城に行かねばならぬのですから!」


「む、そういえばそうであったか」



『末森城ですか。父である信秀の居城ですね。おそらくは信長の弟・信勝もいるはずです』



 でたな、三ちゃんのトラウマランキングで(たぶん)第一位になる人……。


 う~ん、史実だと三ちゃんはこれから実の弟 (信勝)を殺したりするハードモードな人生を送らなきゃならないわけであり。ここは少年時代に少しでも楽しい思い出を残してあげるべきなのでは? うんうんそう考えると今から堺に行くのは必然とすら言えるはず。


『……ただ単にデートしたいだけでしょう?』


 ふっふっふっ、よく分かっているじゃないのプリちゃん。


 そもそも。

 私が結婚する (予定)なのだから、そんなバッドエンドなんて完全回避するに決まっているでしょうが。


『…………、……なるほど、不慮の事故に見せかけた信勝暗殺。そうすれば尾張統一も早まりますか。さすがは主様ですね』


 プリちゃんは私のことを何だと思っているのかなー?


 今度私に対する評価について家族会議をしなければ。決意をしつつ私は三ちゃんの後ろに回り、彼の両肩を掴んだ。


「なるほど五日後に用事があるのね? じゃあ余裕を持って四日目に那古野城へ帰ってきましょうか」


「む? そんなことできるのか?」


「できるわよー。私を誰だと思っているの?」


 自信満々に微笑みかけると三ちゃんはなぜか呆れたようにため息をついた。解せぬ。


 平手さんが慌てた様子で詰め寄ってくる。


「な、なりませんぞ帰蝶様! 堺まで四日で戻ってくるなどできるはずが――」


「――美濃守護代、斎藤道三が娘、斎藤帰蝶が約しましょう」


 父様の名前を出すと平手さんの動きがわずかに止まった。


「もし四日以内に帰れなかったら、責任をとって腹を切ります。それでいいでしょう?」



『……いや主様は切腹したくらいで死にませんし。何の意味もない約束なのでは?』



 私をバケモノ扱いするのは止めていただきたい。まぁ死なんけど。


「む、いえ、しかしですな――」


 平手さんの言葉が詰まる。常識的に考えてできるはずがないものの、守護代の娘がここまでの覚悟を持って発言したのだ。安易に否定することもできないのだろう。


 もう一押しだなぁと判断した私は、もう一押しした。容赦なく。そりゃあもう崖下に突き落とす勢いで。


「それとも、父様にお話ししましょうか?」


 何を話すのか。口にするまでもないでしょう。

 私の発言の真意を察した平手さんはダラダラと冷や汗を流し始め、痛そうに胃の辺りを押さえてしまうのだった。


 あれれー、不思議だなー。私はただ『尾張で三ちゃんに会いましたよ』ってお話ししようとしただけなのにー。


『今さらとぼける意味はあるのですか?』


 様式美です。


 私とプリちゃんが軽快なやり取りをしていると三ちゃんが後ろを振り向き、私の顔を見上げてきた。実は私と三ちゃん、私の方がちょっとだけ身長が高いのだ。まぁ成長期なのですぐ追い抜かれるだろうけど。大人になった三ちゃんもきっと素敵なので今から楽しみだ。



「……帰蝶。あまり爺に苦労をかけてはいかんぞ?」


「……『織田信長』にだけは言われたくないんですけど?」



 私と三ちゃんがイチャイチャしていると、


「悪童が二人に……。平手殿、おいたわしや……」


 なぜか天を見上げる可成君だった。



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