第45話 平手政秀


「あなた織田弾正忠家の嫡男でしょうが。そろそろ父親から仕事の引き継ぎする時期でしょうが。勉強くらいちゃんとしなさいちゃんと。というか15歳にもなってまだお坊さんから勉強教わってるの? 今までどれだけサボっていたのよ?」


「いひゃい、いひゃい」


 三ちゃんの頬を引っ張る私だった。相変わらず良く伸びること。


「……帰蝶様。どうかその辺りでご寛恕を」


 と、膝を突いたのは如才ない可成君だった。


「近ごろの若様は心を入れ替え、勉学に励んでおりました故。おそらくは帰蝶様に相応しき男子(おのこ)と成るべく励んでおりましたのでしょう。今日逃げ出したのは帰蝶様がお越しになると知り、迎えに行こうとしていたからでして」


「あらそうなの可愛いところもあるというか可愛いところしかない――」


 三ちゃんの頬から手を離し、腕を引き、一歩下がる。


 ―― 一閃。


 先ほどまで私の腕があったところに斬撃が走った。危ない危ない。腕がスパーンと切断されるところだ。何という狼藉者。……まぁ斬られたところで繋ぎ治せばいいだけなのだけど。


『いえ、普通の人間には無理ですし、普通の魔法使いにも無理ですが』


 プリちゃんのツッコミに反応している暇はない。振り下ろされた刀が返され、切り上げ。さらには袈裟斬りに下方向からの突きという追撃が来たためだ。


 もちろん私は経験豊富なので慌てることなく一歩二歩と下がりながら白刃を避ける。すると、油断ならない相手と察したのか狼藉者――『爺』と呼ばれた平手政秀(鑑定したので確定)が刀を構えなおした。


「――おのれ南蛮人が。若様への無礼、その命でそそぐがいい」


 なんか怖いこと言われた。平手政秀ってもっと苦労人の気弱な人だと思っていたんだけど。警告もなしに殺す気満々の連撃とか、戦国時代の武士怖すぎない?



『いえ、森可成ですら反応できなかった奇襲を避け、追撃も回避した主様も十分『怖い』人だと思いますが』



 なんで攻撃避けただけで怖がられなきゃならんねん。


「――よせ、爺」


 と、三ちゃんが(さっきまで引っ張られていた頬を撫でながら)仲介に入った。

 うん、止めてくれるのは嬉しいけどね? もうちょっと早く制止してくれても良かったんじゃないかしら? 普通の人間なら何回か死んでるわよ?



『クマを倒せる人間を心配してもしょうがないですからね』



 ちょっとくらい心配してくれてもいいじゃない。


「しかし若様、南蛮人で、しかも女性にょしょうでありながら数々の無礼――」


「……その女、マムシの娘よ」


「な、なんと! 帰蝶様は南蛮人の血を引いているとの噂は知っておりましたが――っ!」


 その場で跪き、着物の襟を開く平手さん。なんだか嫌な予感。

 私を斬りつけた刀の刃を素手で掴み、切っ先を自分の腹に突き刺そうと――


「――はい止めっ! いきなりの切腹は止めなさい!」


 ノータイム切腹! 逡巡なし! やっぱり怖いわ戦国武士!


 慌てて雷の魔法を使い平手さんの腕を痺れさせて止める私だった。……ちょっと手加減間違えて全身痙攣している気がするけれど、気のせいだ。回復魔法で回復させれば気のせいだ。


『痺れは消えても全身麻痺させた事実は消えませんが』


 あははー、うまいこと言ったわねープリちゃん。


 私が親友を褒め称えていると三ちゃんが少し呆れた様子で平手さんの側にしゃがみ込んだ。しばらく待って平手さんの痺れがなくなってから語りかける。


「爺、いくら何でも腹を切ることはあるまい」


「いえ、今は美濃との和睦を纏めねばならぬ大事な時期。にもかかわらず美濃守護代の娘に斬りかかったとあっては――腹を切って詫びるしかありますまい」


 三ちゃんの父親である織田信秀はちょっと前に父様(道三)相手に惨敗したらしいものね。ここで和睦が流れて万が一尾張に攻め込まれたら一大事ってところか。


 きゅぴーんと思いついた私は微笑しながら平手さんの隣に膝を突いた。


「ええっと、はじめまして。斎藤道三の娘、帰蝶です」


「……ご無礼をお許しくだされ。それがし、織田弾正忠(信秀)様が家来にて、三郎様の傅役を仰せつかっている平手政秀と申す者。知らぬこととはいえ、帰蝶様には大変なご無礼を――」


「いえ、いえ、お気になさらず。まだお互いに自己紹介もしていなかったことですし」


 平手さんの手を取る。切腹未遂の時に白刃を素手で握っていたので手のひらが深く切れてしまっている。


 もちろん回復魔法を使えばこの程度の傷は一瞬で治すことができる。


「お、おぉおっ!?」


 下手をすれば破傷風で命を落としかねない傷が一瞬で治っていく光景を目の当たりにして平手さんは目を見開いて驚いていた。そんな彼に対してにっこりと微笑みかける私。


「私は、何も言いませんよ。父に知られたらどうなるか分かりませんし。えぇ。織田信秀様の家臣であり、嫡男の傅役でもある平手様が、斎藤道三の娘に斬りかかったとなれば美濃と尾張の和睦はご破算ですし。そうなれば平手さんが切腹したところで何の意味もなくなるでしょうから。私は、何も言いませんよ。えぇ、何も言いません。――今のところは」


「――――」


 だらだらと。

 なぜかだらだらと冷や汗を流し始める平手さんだった。きっと私の心優しさに感動しているに違いない。


 そう、私は優しいのだ。

 いきなり斬りかかられても笑って許すほどに。


 だというのに。


「……やはりお館様の娘か」


「……やはりマムシの娘か」


 なぜかドン引きしている光秀さんと三ちゃんであった。解せぬ。











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