第91話 剣聖と魔女


 三ちゃんと義輝君との戦いが始まろうとしていると。例のバケモノ初老男性が近づいてきた。


「帰蝶様、でしたな。隣で観戦してもよろしいですかな?」


「どうぞご自由に。……そういうあなたは、『塚原卜伝』ですよね?」


 足利義輝の剣の師匠にして、まごう事なき剣聖だ。驚くべきことに死んだ数十年後に宮本武蔵の剣を鍋のフタで受け止めたという。


『ただの作り話ぃ』


 プリちゃんは戦国浪漫を否定するのが趣味らしい。


 そんなプリちゃんの声が聞こえているのかいないのか、興味深そうに自らの顎髭を撫でる塚原卜伝だった。


「ほぅ、ご存じでしたか。いやはや、帰蝶様の耳にまで我が名が届いておるとは恐悦至極でございますなぁ」


 ほっほっほっ、と笑う塚原卜伝。胡散臭いオッサンだ。


「……塚原卜伝って『戦わずして勝つ』の無手勝流じゃないんですか?」


「よくぞご存じで」


「なんで私あれだけ手合わせを願われたんです? 若武者に喧嘩を売られても、小舟から降りたところを置き去りにして勝負を避けたとか聞いたことがあるんですけど」


「おやおや、そんなことまでご存じとは……。いえいえ、あのような未熟者を斬ったところで我が剣の糧にはなりませんからな。無益な殺生をすることもないでしょう」


 私を剣の糧にする気満々らしい。益ある殺生らしい。解せぬ。



『斬られたくらいでは死なないのですから、別にいいのでは?』



 死なないから斬られてもいいやってどんなドMやねん。



『……あと、なぜこの時期(1548年)に塚原卜伝が義輝の『師匠』をやっているんですかね? 三度目の修行の旅にはまだ出ていないはずですが……まさか義晴に仕え続けていたとか……?』



 律儀に突っ込むプリちゃんだった。織田信長と足利義輝が竹刀でしばき合う世界なんだから是非もないのでは?


 三ちゃんと義輝君は竹刀を振ったりして慣れない武器の感触を確かめているので、まだ試合は始まらなそうだ。必然的に卜伝さんと雑談することになる。


「あの若者が帰蝶様の夫であられたとは。知らぬこととはいえ、我が弟子が失礼をいたしました」


「いえいえ、知らなかったんだから仕方ありませんよ。それに喧嘩を売ったのはうちの三ちゃんですし」


「そう言ってもらえると助かります」


「……実権が父親にあるとはいえ、将軍ですよね? こんなところで喧嘩させて大丈夫なんですか? 今からでも止めるべきでは?」


「周りの人間も本物だとは信じておらぬでしょうし、平気でしょう。それに、あの年代の子供は少しくらい無茶をした方が成長するというものですからな」


「そんなものですか」


「そういう帰蝶様も、止めなくてよろしいのですかな? 『足利義輝』と名乗られたあとに戦ったとなれば、後々ややこしいことになるのでは?」


「……ふふん、三ちゃんが私のために戦うんですよ! 胸キュンじゃないですか! 乙女の夢じゃないですか! どうして止めることができましょうか!!」


 胸に手を当てながら大演説をぶちかました私である。


 大抵の人間はここで呆れるところ。


 だのに、卜伝さんは笑うこともなく、興味深そうに顎髭を撫でた。


「――ほぅ。自ら『うつけ』を演じることで相手の気勢をぎますか。見事なものですな。戦う前に気力を失っては勝つ手無し、と」


 なんだかすっげー高評価だった。こんなポンコツに何を期待しているのか。解せぬ。


「……ところで、あの竹の刀ですが、なかなか興味深いですな」


「竹刀のことですか?」


 アイテムボックスから竹刀を取りだして卜伝さんに渡すと、彼はわずかに目を輝かせながら刀身部を握ったり素振りしたりした。


「ほぅほぅ、刀身を分割することで衝撃を逃がす構造ですか。これは稽古に便利ですな。なにより“あれ”の考えた袋竹刀を使わずにすむのが実にいい」


 きゅぴーんと金の臭いをかぎ取った私である。


「……いかがです? 大量注文すればお安くしておきますよ?」


「むぅ、構造は単純ですが、いざ作るとなると少々手間ですしな。いかほどで?」


「このくらいで――」


「いやいや材料は竹なのだから高すぎ――」


「では、『剣聖御用達』という謳い文句の使用許可をいただければ――」


「その場合いかほどに――」


「ではこんなところで――」


 と、私と卜伝さんがほのぼのとしたやり取りをしていると、



『……やはり信長と義輝は考え直すべきなのでは?』



 プリちゃんに呆れられてしまった。ちょっとした財テクなのに。解せぬ。



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