第614話 閑話 ナレーション追放
織田信友の重臣・坂井大膳は密かに美濃から客人を迎えていた。
客人の名は、長井道利。
斎藤道三の年の離れた弟であるが、生まれた直後に父が死亡したため、長兄である道三を『父』として育てられた男である。
見た目としては髪の生えた道三と言ったところか。
そんな道利は声を絞って坂井大膳と会話をする。
「大和守殿(織田信友)の説得は難航しているようで」
「いや、なんともお恥ずかしい……。あの男、ものの道理というものをとんと理解しておらぬようで……」
「う~む、是非もありませぬか。皆が皆大膳殿のように話の通じる者ばかりでは御座いませぬゆえ」
「いや、そう言っていただけると……」
「しかし、我が父(道三)も近頃は体調が優れぬらしく、早急な隠居を望んでおりましてな」
「なんと、山城守様が……」
「儂も親不孝ばかりしてきましたからな。父には最後くらいのんびりしていただきたいと思っておるのです」
「そうで御座いましたか……」
「そこで、ご提案なのですが」
ぱしん、と道利が扇子を畳む。
「坂井大膳殿は、守護代になるつもりはありませぬか?」
「な、なんと!? 某が守護代と!?」
「然り。我らとしても頑迷な大和守よりは、話の分かる大膳殿が隣国を取り仕切ってくださる方が安心して代替わりを推し進めることができますからな」
「し、しかし、某は織田の血を引いているわけでは……」
「なに、重要なのは守護である武衛様が守護代であると認めること。織田が頼りにならぬなら、織田の代わりとなる人材を任命するのは理にかなっておるでしょう」
「で、ですが……」
「現に、今の大和守殿は守護代としての仕事どころか、清洲周辺の統治すら難儀している有様。それは大膳殿がよく理解しておられるはず」
「…………」
「もしも大和守を排除するというのなら――我らも、協力いたしましょう」
「きょ、協力とは?」
「大膳殿に兵を貸しましょう。その兵で大和守一族を討ち取るもよし。息子に代替わりさせて傀儡とするもよし。そのあたりは大膳殿にお任せいたしましょう。無論、その後は美濃と和睦を結んでいただきますが」
「…………」
美濃東部を瞬く間に制圧した美濃の兵ならば、大和守を排除することも容易いだろう。
――そうなれば、守護代の地位は我のものに。
下克上という甘美な『夢』に酔いしれる坂井大膳。
そんな彼を、長井道利は「操りやすいものよ」という目で見つめていた。道三や帰蝶に比べると心の内が表に出やすいらしい。
――信長公記にいわく。
尾張守護代・織田信友は守護・斯波義統に対する坂井大膳の不忠を恨み、これを追放したという。
時に、天文17年(1548年)夏の出来事であった。
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