第613話 閑話 織田信友の憂鬱


 尾張の守護代・織田大和守信友は出立する斯波義統(尾張守護)を苦々しい思いで見送った。


 最近は上手く行かないことばかり。


 重臣である坂井甚介が那古野城攻めで戦死し。同じく重臣である坂井大膳は斎藤道三に丸め込まれ、美濃との同盟などという夢を見て、それに同意しない信友を敵視している。


 実質的に二人の重臣を失った今、各所の仕事は滞り。さらには領地内に『吉兆教』なる新興宗教が広まり、治安が悪化してきている。


 もはや織田信秀を誅するどころの話ではないし、『力』を失った信友に、斯波義統は見切りを付けようとしている。


 何とかしばければならない。

 しかし、どうするべきか……。


 信友の苦悩を見透かしたかのように、残された重臣・河尻与一と織田三位が決断を迫ってくる。


「殿、もはやこれまで」


「然り。このままでは武衛様(斯波義統)は織田弾正忠に鞍替えし、我らを攻撃し始めるでしょう」


「ただでさえ武力で劣勢に立たされているというのに、『守護』という大義名分まで失えば……」


 沈痛な様子の与一と三位を見ていると、こちらの劣勢を嫌と言うほど理解させられてしまう信友である。


「ならば、いかにせよというのだ?」


 信友からの問いかけに、与一と三位は互いの顔を横目で見てから切り出した。


「自らの意志で動き出した傀儡など邪魔なだけ」


「ここはもはや斯波義銀(義統嫡男)を次の守護に据えるしかありませぬ」


 年を取って小知恵を働かせる男より、まだ若く操りやすい男を傀儡に。

 理屈は分かるが、問題が一つある。


「武衛様はどうするのだ? まだまだ代替わりという歳でもあるまい?」


「そこは、家督を義銀殿に譲り、隠居していただくしか」


「弾正忠の専横を止め、尾張に静謐をもたらすためには是非もないかと」


「……で、あろうか」


「それと、大膳(坂井大膳)もなんとかせねばなりますまい」


「重臣の身でありながら美濃のマムシと繋がるなど……」


「…………」


 決断の時は迫っていた。


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