第545話 俗物


「では、話が纏まったところで茶会といたそうか」


 これから一杯やろうぜ、的なノリで茶会を始めようとする三好長慶さんだった。


『まぁ、この時代って刺激物が少ないですし。そんな刺激物に対する耐性が少ないこの時代の人間が、カフェインたっぷりの抹茶を飲んだらどうなるかというと・・・・・・』


 え~? この時代の茶会って一種のドラッグパーティみたいなものなの? まさかそんな……いや、戦国のヤバい人として有名な森長可や細川忠興なんかも茶の湯を好んでいたと言うし……。


 プリちゃんの発言からそっと目を逸らしつつ長慶さんがお茶を点てるのを待つ。


「正直、茶の湯というものにはさほど興味はないのですがね。「兄上も茶の一つもできませぬと」と弟がうるさくて」


『長慶の弟というと、三好実休ですかね? 数々の名物を所持していたと伝えられ、茶会記にも多く記録が残っています』


 プリちゃんは茶会にも詳しいのかーっと感心していると、長慶さんが木箱の中から茶碗を取りだした。


 この時代に広まったという高麗茶碗。

 まるで粉を吹いたかのような白化粧。

 全体にかけられた透明釉。

 低く安定した高台が支える伸びやかな椀形。


 そしてなにより、まるで笹の葉のような形をした火間。


 ――三好粉引。


 かつて三好長慶が所有していたと伝わり、その後はかの豊臣秀吉が所持したという大名物。現存する数少ない粉引茶碗の中で、さらに貴重な椀形。堂々たる重要文化財。


 三好粉引だ!


 ほんまもんの三好粉引だ!


「ほほぉ、ずいぶんと目を輝かせて……。久秀、この茶器はそれほどまでに良い物なのか?」


「それはもう、三好家の当主たる長慶様に相応しい名物で御座います。いやしかし、この良さが分かるとは、さすがは帰蝶様ですな」


 自分で選んだのか、誇らしげに胸を張る久っちであった。


「う~む、そこまで良いものであるならば、価値の分かっている人間が持っている方がいいか……? 帰蝶殿、友好の印にこの茶器などどうだろうか?」


「「なんと!?」」


 ほぼ同時に声を上げる私と久っちだった。もちろん私は「いいんですかこんな貴重なものを!?」という歓喜だし、久っちは「こんな名物をそんな簡単に!?」という嘆きである。


「くれるというなら遠慮なく――、――いや! 落ち着きなさい帰蝶! こういう名物は出来栄えもそうだけど、誰が所有していたかも重要! そう簡単にもらうわけにはいかないわ!」


 涙を呑んで伸ばし掛けた手を引っ込める私であった。


 そんな私の行動が理解できないのか長慶さんが首をかしげる。


「……久秀よ、どういうことだ?」


「はい。茶器などは見た目の美しさや希少性はもちろんのこと、著名な人間が所持していたという来歴もまた価値を高めるものなのです。歴代の将軍が使用したり、高名な茶人が愛した、など。――つまり、帰蝶様は長慶様が大成すると見込んで、茶会記などに『三好長慶所蔵』と書かれることを待つため、その茶器の受け取りを拒んだのです」


「よく分からんが、儂に期待してくれているということか……? ふむ、しかし、一度差し出そうとしたものを受け取ってもらえぬというのも沽券に関わる。――帰蝶殿。ここは儂の顔を立てると思って、儂が出世したら改めて受け取ってもらえぬだろうか?」


「はい! そこまで言われたら喜んで!」


 即答する私であった。だってあの三好粉引よ? タダで手に入るのよ? 断る理由など、ナッシング!


『俗物』


 あまりにも切れ味鋭い突っ込みであった。解せぬ。




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