第546話 閑話 政略婚
帰蝶が茶会の席を辞した後。
三好長慶は上機嫌に扇子で動かしていた。
「いや、面白き女人であるな。美濃国守の娘であり、自らが将軍家の血筋と知ったあとでも偉ぶった様子がまるでない」
「まことに、その通りで」
「……久秀の惚れた女人というのも、ああいう感じだったのか?」
「いえ、別に惚れては……。そうですな。あのどこか抜けたところは母親譲りでしょう。しかし、底の知れないところは新九郎――いえ、斎藤道三譲りかと」
「美濃のマムシか……。本人の能力はもちろんのこと、美濃の姫という立場と将軍家の血……。是非とも深い『縁』で結ばれたいものよな」
「それは分かりますが、いきなり求婚するのは……」
「はは、許せ。あのような女人は放っておけなかったのでな」
「肝が冷えましたぞ」
「ふむ、しかし、織田三郎信長だったか? あの帰蝶殿を妻にするとは中々に剛胆。無論、調べてあるのだよな?」
「はっ、尾張の織田弾正忠信秀の息子にして、ほぼ確実に後継ぎになる人物かと」
「どのような人間なのだ?」
「噂では、尾張のうつけとして有名だったとか。しかしあの帰蝶様が見定めたほどの人物ですし、先の戦では今川義元と一騎打ちをしたと聞きますから、只者ではないでしょう」
「ほほぅ、海道一の弓取りと一騎打ちとは……。面白い。その三郎とやらとも
「誼ですか……。尾張は遠いですからなぁ。たしか殿が細川晴元様から下賜された鷹が、元々は織田弾正忠から献上されたものであったくらいしか関わりがありませぬな」
「あぁ、あの鷹か。ふむ、話の種にはなろうが、ちと弱いな」
「帰蝶様を通じて交流を深めるくらいしかないかと」
「ふむ、帰蝶殿と――いや、こういうのはどうだ? 儂の妹を三郎とやらに嫁がせるのは?」
「と、嫁がせる? 妹君を? 家格は……何とかなるにしても、帰蝶様が正妻なのですから、側室という形になってしまいますが」
三好長慶は重要地点の国人に妹を嫁がせているので、織田家に嫁がせるのも無理と言うほどではない。
だが、側室というのがいただけない。尾張守護ならともかく、守護代の家老程度の家に、わざわざ側室に出すなど……。
「家中からも反発の声が上がりましょう」
「それがどうした?」
「ど、どうしたと申されましても……譜代(先祖代々)の家臣なのですから……」
「あの口だけが達者で阿波に引きこもっておる連中を弟に押しつけたのは何のためか。久秀を筆頭に近畿で人材を集めているのは何のためか。――自在なる身の上を得るためであろう? いまさら、何を躊躇うことがあろうか」
「……は、では、まずは帰蝶様に相談してみましょう」
まずは自分の独断でそのようなことを考えていると伝え、帰蝶様の反応を見極める。怒られたとしても、その怒りは自身ですべて受け止める。そんな覚悟を決めながら久秀は深々と頭を下げた。
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