第119話 よく考えれば土豪の娘である。つよい。
「――勘十郎! 勘十郎はいずこにある!?」
落ち込む三ちゃんの背中を撫でていると、なにやら甲高いながらも肝が据わっていそうな声が聞こえてきた。
私たちが声のした方――屋敷へと視線を向けると、『ぴしゃーん』っと、かなりの勢いで襖が開けられた。
部屋の中にいたのはいかにも高貴な身分っぽい女性。背中まで伸びた髪は手入れが行き届いていて艶やかだし、着ている服もおそらくは木綿(この当時はメッチャ高級品)だろう。
いや、誰かは知りませんが『高貴な女性』は自分で襖を開けないものなのでは?
内心で突っ込みつつ高貴な女性を見つめていると――女性がキッと私を睨んできた。こういう言い方はアレだけど、不機嫌なときの三ちゃんの目つきそっくりだ。
「――おのれ山姥が! 我が息子たちを謀ろうとはいい度胸! わらわが成敗してくれよう! 誰か! 薙刀を持て!」
高貴な女性がだいぶ高貴じゃないことを叫んでおられる。なんかもう山姥扱いされたことを怒る隙すらない。私が愕然とするって相当ですよ?
周りにいる侍女っぽい女性たちはどうしたものかとオロオロしている。いや侍女さんでしょ? お側にお仕えしておられるんでしょ? 何とか止めてくださいよ。
どうしたものかと悩んでいると、騒ぎを聞きつけたのか男性二人がやって来た。おなじみ平手政秀さんと、もう一人。文官っぽい男性だ。
「お、奥方様。落ち着いてくだされ」
「身重なのですから、あまり昂ぶりますと胎の児にも影響が……」
「えぇい! うるさい! 山姥が我が息子らを惑わしているとの噂を聞いて来てみれば! おぬしらも武士であればさっさと妖怪退治でもしてみせぬか!」
山姥の次は妖怪扱いである。いや山姥も妖怪の一種かな?
『まぁ妖怪の一種でしょうけれど……。山の中でお産に苦しむ山姥を助けると福がもたらされるという伝承も多く、その類似点から山の神と同一視されることもあるようですね。あと、有名どころでは足柄山の金太郎・坂田金時の母親は山姥だとされていますね』
妖怪にまで詳しいのか。凄いなプリちゃん。
感心していると平手さんが言いにくそうに耳打ちする。
「奥方様。彼女はあのような見た目ですが美濃守護代斎藤道三の娘でして……」
「なに?」
「実を言いますと信長様との婚姻の話も持ち上がっておりまして……」
「…………」
「さらには殿(信秀)の病を癒やしてくださったのもあの御方でして……」
「……………………」
訝しげな目で私を見る奥方様。奥方様ってことは偉い人の奥さんよね? この城で偉い人というと――
「――まさか、三ちゃんの奥さん!? ちょっと年上過ぎない!? 私実は側室だった!?」
「なぜそうなる?」
ぺしん、と三ちゃんから頭を叩かれてしまう私だった。ふへへっ、イチャイチャしてしまったぜ。
「え、じゃあ十ちゃんの奥さん?」
「……
遠回しに突っ込まれてしまった。ここのポイントは十ちゃんから『義姉上』呼びしてもらえたことだろうか。ふっ、さっそく義弟から認めてもらえたようね。
『そもそも名乗ってすらいないので、他に呼びようががないだけでは?』
プリちゃんはもうちょっと夢を見た方がいいと思いまーす私ー。
『あなたはもうちょっと現実を見た方がいいと思います私』
私ほど現実を見つめている人間はいないというのに。
『そういうところです』
こういうところらしい。
ボケまくる私を見かねたのか三ちゃんが紹介してくれる。
「帰蝶。あの御方はわしらの母君である」
三ちゃんと十ちゃんの母親というと……土田御前? うつけな『織田信長』に見切りを付けて『織田信勝』を当主に据えようとした?
なんか『毒親』なイメージと違うけど、三ちゃんが言うのだから本当なのでしょう。
「なるほどつまりお義母様ね!? はじめましてお義母様! 三ちゃんの嫁になります斎藤帰蝶です!」
私が元気いっぱいに片手を上げながら挨拶すると、お義母様が胡散臭そうな顔を隠しもせず平手さんたちに視線を向けた。
「…………、……
何とも失礼な物言いであった。私ほど由緒正しい魔女はいないというのに!
「……いえ、そんなことは……」
「……ないのでは、ないでしょうか……?」
さっと目を逸らす平手さんと文官っぽい男性だった。見知らぬ方の男性はともかく、平手さんは自信満々に否定してくれていいのでは? あなたは私の善き魔女っぷりを間近で見てきたでしょうが!
『……船をかっ飛ばして船酔いさせ、信長の火起請を後押しし、転移術で空中に放り出したあとに
解せぬ。
『というか『姑』からの第一印象最悪ですね』
ゲッセーヌ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます