第77話 運命


 清賀にとって、決して許せないものは三つあった。


 一つは宗教。

 一つは権力者。

 そして、最後の一つは南蛮人。


 清賀の父はかつて美濃の関で名を馳せており、京都本能寺御用達になれるほどの実力がある刀匠だったというのに、宗教――法華宗と日蓮宗の宗派争いに巻き込まれて種子島まで流されることになってしまった。


 父は名の知れた刀匠でありながら、領主(権力者)からの命令で鉄砲などという『卑怯な武器』の複製を強いられた。


 そして南蛮人。

 あの南蛮人は、鉄砲の再現に苦心する父に取り入り、銃底をふさぐ螺子ネジを教える見返りにと清賀の姉を連れ去ってしまったのだ。


 ……清賀にとって、最も尊敬できる人間といえば父である金兵衛である。


 清賀のように“視える”わけでもないのに、一心に鉄に向き合い、ついには鍛冶の極みへと至ろうとしていた父。


 清賀なら年月を経れば父を超える一振りを打つこともできるだろう。“視える”のだから、それは必然とすら言える。


 だが、それはしょせん『天』から与えられたもの。自分の努力でたどり着いた境地ではない。


 故にこそ、何も知らず、何も視えず、にもかかわらず努力のみで鍛冶の極致へ至ろうとしていた父金兵衛を、清賀は心の底から尊敬していたのだ。


 しかし――


 関一番の刀匠として名を馳せながら、くだらない宗派争いに巻き込まれ、種子島へと移住しなければならなくなった父。


 名のある刀匠でありながら、領主の命令で打ちたくもない鉄砲を研究させられた父。


 右も左も分からない鉄砲の複製に苦戦し、ついには実の娘を犠牲にしてネジの製法を得た父。


 それらのことが原因となり、酒量が増え、ついには心を壊してしまった父……。


 宗教さえなければ。

 権力者さえいなければ。

 南蛮人さえいなければ。


 だからこそ清賀は宗教が許せないし、権力者が許せないし、南蛮人を許せない。


 ……ただ、

 そんな清賀でも、どうしても鉄砲のことは嫌いになれなかった。姉を奪い、父の心を壊した原因であるはずなのに、それでも清賀は鉄砲に魅入られてしまったのだ。


 銃身の暴発が多かった鉄砲を改良した。ウドン張りではない葛巻きという製法を考え出した。点火のための絡繰からくり部分をいじり回した。どうすればより早く、より遠くに弾を飛ばせるか悩み抜いた。どうにか装填速度を上げられないものかと苦心した。


 そして、いつの頃からか。南蛮のものを超える鉄砲を打つことが清賀の目標になっていた。南蛮の鉄砲より遙かに高性能なものを作り、あの南蛮人に、教えたことを後悔させてやろうと誓いを立てた。


 酒に溺れ、鉄を打たなくなり、ついには手槌に埃を被らせてしまった父の姿を見ることに耐えられず、清賀は種子島にまで鉄砲の修行に来ていた橘屋又三郎について行く形で堺へと移り住んだ。


 そんな清賀の元に、ある日、今井宗久が鉄砲10挺の注文を持ってきた。


 相手は美濃守護代の娘だという。

 多くの民に慈悲を与え、仏のように慕われている人物だという。

 斎藤道三の娘でありながら、南蛮人にしか見えない外見をしているという。


「……面白い」


 権力者ではなく、その娘。

 仏のように慕われているが、宗教をやっているわけではない。

 母親は南蛮人らしいが、日の本の人間であるという。


 清賀が決して許せない権力者、宗教、南蛮人。その三つにことごとくかすりながらも異なるという奇妙な女。


 なぜか興味を引かれた。

 どうしてか試したくなった。

 だからこそ、精魂込めて作り上げた最高品質の鉄砲を今井宗久に託した。もし見抜かれたのならきっと面白いことになると期待しながら。


 結果は清賀の想像を超えた。


 直接堺までやって来たのはまだ年若い少女。


 人間とは思えない白銀の髪。赤い瞳。権力者の娘でありながら、仏の化身として崇められながら、それを感じさせない『軽い』言動。だが、ぶん投げた手槌の軌道を見切り、身じろぎ一つしなかった胆力は驚きを通り越して呆れるしかない。


 そして。

 少女――帰蝶は語った。

 すべてを見抜いたような目をしながら。仏陀ブッダを惑わす悪魔マーラのように。



「――南蛮のものを超える、世界最強の鉄砲を作ってみたくありませんか?」



 私は作りたい。

 あなたも、そうでしょう?


 帰蝶の目はそう語っていた。


 南蛮のものを超え。

 あの南蛮人の鼻を明かす。


 まるで見抜いたように。

 きっと本当に見抜いた上で。

 帰蝶はそんな提案をしてきた。


「…………」



 ――できる。



 清賀は確信した。

 彼女とならば。

 世界最強。世界を制し、世界を征する鉄砲を。


 きっと作れる。


 たとえマーラだろうと構わない。

 たとえ悪魔でも構わない。


 この胸の高まりをぶつけられるのならば……。


「……面白ぇ。いいぜ、作ってやろうじゃねぇか。世界最強の鉄砲とやらを」


 このとき。

 この瞬間。


 清賀は、自らの“運命”を決めたのだった。






 ちなみにその運命とは『帰蝶あくまに振り回されて鍛冶・製鉄関連の無理難題を押しつけられ続ける日々』なのであるが。このときの清賀に知る由はないし、想像できていたのはプリニウスプリちゃんくらいのものである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る