第550話 閑話 復活の日
「ふははっ! ついに! ついに『時』が来たぞ!」
狂ったように笑いながら本願寺の実質的な支配者・蓮淳は地下の洞窟を走っていた。
「…………」
そんな彼の様子に引きながら、それでも顕如は大人しく蓮淳の後に付いていった。なにか突拍子のないことをやられても困るし、あの即神仏(ミイラ)のことも気になったからだ。
本来ならいざというときに荒事を任せられる僧兵を連れてきたかったところ。だが、この洞窟は神聖な場であるという理由で誰も近づきたがらなかったので仕方なく顕如が同行した形だ。
もちろん、僧兵たちの本音としては「あんな狂人に付き合いきれるか」なのであるが。
洞窟の奥。
その場に安置されていた細川政元の即身仏を前にして、顕如は目を見開くしかなかった。
血の気の通った肌。
痩せているとはいえ、生気を感じ取れる肉体。
そして何より、鋭い眼光を発する瞳。
――生きていた。
即身仏になりながら。干涸らびた死体になりながら。今、ここに、戦国随一の怪人物・細川政元が蘇っていた。
「おお! 見よ顕如! とうとう右京大夫様が黄泉の国より帰られたぞ!」
「…………」
あまりにも非常識な光景に、顕如は開いた口が塞がらない。
死者は蘇らぬ。死んだらそれまで。それが世界の
『――――』
声にならない声を上げながら。細川政元が、ゆったりと立ち上がった。ミイラになったときに関節は固まり、皮膚も癒着したはずだというのに。病人のような弱々しさはあるが、それでも自らの足で立ったではないか。
「右京大夫様! この日を! この日を待ちわびましたぞ!」
蓮淳が地面に跪き、手を合わせながら政元を見上げる。
死してなお続いた忠誠。
数十年にもわたる執念。
それらを労るかのように細川政元は片膝をつき、蓮淳に手を伸ばし――
――その首を、握りしめた。
筋肉などほとんどないであろう細腕。捕まれたとしても大した危機にはならないはず。
だというのに蓮淳は逃げることすらできず、魅入られたかのように政元の眼を見つめている。
『――足りぬ。まだ足りぬ』
「う、右京大夫様!?」
突如として蓮淳が苦しみだし、敬愛する政元の腕をかきむしる。だが、政元はそんな抵抗を意にも介さず蓮淳を見つめ続ける。
「ひっ」
彼も幼いとはいえ親鸞聖人の血を引く者。前の法主から得度を受けた正式な僧侶。ゆえにこそ、蓮淳から
それは精気か。あるいは魂と呼ばれるものか。
みるみるうちに蓮淳が干涸らびていく。肉はこそげ落ち、皮膚はひび割れ、血の気が引いて青白くなっていく。
対照的に、細川政元には血の気が戻っていく。肌は艶やかになり、まばらにしか残っていなかった髪も生えていく。
「うきょう、の、だいぶ、さま……なぜ……」
それを最期の言葉として。蓮淳はとうとう人としての姿すら保つことすらできず、塵となって崩れ落ちた。まるで蓮淳という存在そのものが根こそぎ吸い上げられてしまったかのように。
『――うむ、
どこか不愉快そうに即身仏――否、完全に血の気が戻った細川政元が心底嫌そうに唾棄したのだった。
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