第69話 病人と、サツマイモ



「は~、すっごい。木材と木材の間に『槙肌』っていうものを詰め込んで防水するっていう知識はあったけど、実物を見てみると勉強になるわぁ。こんな材質で、こんな感じにやっていたのねぇ」


 床に頬ずりする勢いで板と板の間を凝視する私だった。鉄の船でもなくゴムもない時代の木造船の防水ってこうしていたのかぁ。


『……分からない……艦船オタの感動どころが分からない……』


 分からないかなぁ。普通に木材を組み合わせただけじゃ浸水してしまうところを、ゴムなんて便利な素材がない時代に何とかしようとしてきた人類の知恵と努力の結晶が目の前にあるのよ!? ここで感動せずにどこで感動するというの!?


『はいはい』


 知恵と努力をたった四文字でぶった切られてしまった。解せぬ。


「……お嬢ちゃん。ちょっといいかい?」


 私の様子にドン引きしていたエンリケさんが恐る恐るといった様子で話しかけてきた。いきなり海に飛び込む人からドン引きされるのは解せぬでござる。


「はい、なんでしょう?」


「いや“魔女”なら良い薬を知っているんじゃ無いかと思ってな」


 魔女扱いは確定なんですか?



『是非も無し』



 是正したいし否定もしたいのですが。


『そもそも船に乗るなり床に頬ずりしはじめる人間が普通のはずがありませんし』


 頬ずりはしていませーん。頬ずりするほど近くで凝視していただけでーす。


『どちらでもさほど変わりません』


 変わると思うのに……。


 気を取り直してエンリケさんに向き直る。


「誰か病人でもいるんですか?」


「おぅ、イングランドから連れてきたガキが熱を出してな」


 イギリスから子供を連れてきた? この時代の航海って壊血病だけじゃなく栄養失調や遭難とかでばんばん人が死んでいく危険なものでしょう? そんな航海に子供を連れてくるとかどんな鬼畜やねん。『ガキ』ってことはかなり小さな子供でしょう?


 私がジトーッとした目を向けていると、エンリケさんは言い訳するように肩をすくめた。


「俺も連れてくるつもりはなかったんだがなぁ。木箱の中に隠れていやがってよ」


 何というテンプレ密航者。いっそ感心するわ。


「気づいたときにはもう陸地を離れていてな。引き返すわけにもいかねぇし、かといって途中の港に置き去りにするのも気が引ける。しょうがないからここまで連れてきたのさ」


「……お優しいことで」


 密航者なんて海に叩き込んで『なかったこと』にしてしまえばいいだけのこと。なのに限られた水と食料を分けてまで日本まで連れてきたのだから優しいとしか言えないでしょう。


「……いやぁ、あいつが密航したのは俺の冒険譚を話しちゃったからだろうからな。責任を感じたのさ」


 恥ずかしそうに頬を掻くエンリケさんだった。初老男性の照れ顔とかまったく萌えんなぁ。


『さすがショタコン……』


 なぜか貶される私だった。解せぬ。




           ◇



『ところで主様は病人を引き寄せるフェロモンでも発しているのですか?』


 どうせなら美少年と美少女を引き寄せたい――じゃなかった。どんなフェロモンやねん。


『前の世界でもそうでしたが、ことあるごとに治療して……。ちょっとワンパターンじゃありません?』


 人命救助という尊い行いを『ワンパターン』扱いされてしまった。解せぬ。私の人間的魅力が困っている人を引き寄せてしまっているだけだというのに!


『そういうところです』


 こういうところらしい。


 エンリケさんの案内で船倉に入る。奥の方で寝かされていたのは年端もいかない少年だった。時代と状況的にしょうがないけれど、病人を直接床に寝かせるのは感心できないわねぇ。


 アイテムボックスを漁ってみると、むか~し作った座布団を発見。三枚並べてその上に少年を寝かせた私である。


 さて治療治療。まずは少年の状態を確認して――


 ――おおぅ、えらい美少年ですこと。眼福眼福。


『ショタコン』


 幼い子供の味方なだけです。


 気を取り直して少年を鑑定。あらデング熱。軍オタとしてはなじみ深い病名だ。なにせ南方戦線でよく出てくるから。


 まぁどんな病気だろうがポーションをぶっかけておけば万事解決だし、さっさとポーションを――


「――俺は、」


 小さく。

 熱に浮かされる少年がつぶやいた。


「俺は、世界を一周するんだ……」


「…………」


 夢物語でしかない。


 確かにエンリケさんはマゼランと共に世界一周の旅に出たけれど、それだって国家や大商人の援助があったからできたこと。270を超える人間で艦隊を組んで、結局18人しか国に帰れなかった無謀な挑戦。それがこの時代の世界一周なのだ。


 普通に考えれば無理。

 ただの夢想。子供が見る夢でしかない。


 でも。

 私はそんな夢を見る少年の手を握った。両手で。励ますように。応援するかのように。


「大丈夫よ。――あなたの夢は、きっと叶う」


 私の声を受けて。少年がわずかに目を開けた。

 そんな少年に微笑みかけてから私は彼に回復魔法を掛けてあげたのだった。





「嬢ちゃん、助かったぜ。あのまま死なれても夢見が悪いからな」


 エンリケさんから感謝され、なにか交易品で欲しいものがあったらくれてやると言われた私だった。


 といってもマントとか地球儀とか砂時計とかもらってもしょうがないしなぁ。なにかテキトーに三ちゃんが喜びそうなものを……と考えていた私はふと思いついた。


「そうだ。ジャガイモとサツマイモってあります?」


「じゃが……なんだって?」


「こんな感じの芋です芋」


 アイテムボックスから紙を取りだし、おジャガ様とおサツマ様の絵を描いた私だった。



『ちなみにジャガイモは1570年頃スペインに伝わったとされているので、まだですね。サツマイモは見つかっていましたが、日本に入ってきていたかというと微妙なところですね。正式な記録はありませんし、もしかしたら明や東南アジアを通じて入ってきていたかも、程度の話で』



 プリちゃんが解説してくれているとエンリケさんが小さく声を上げた。


「お、こっちの細長い芋ならルソニア (フィリピン)で手に入れたな。たしかここにしまって……」


 エンリケさんが山のように積まれた木箱をいくつか降ろし、中身を確認して、ちょっと嬉しそうに小さめの木箱を持ってきてくれた。


「あったあった。甘くていい芋だったんだが、数が手に入らなくてな。ちょっと惜しいが、嬢ちゃんならしょうがねぇってもんよ」


 暗に『超貴重品だからな!』と言われてしまうと治療のお礼に要求するのも気が引けてしまう。


「……ちなみに売るとしたらおいくらです? あ、永楽銭換算で」


 私が問いかけると、きらりーんとエンリケさんの目が光った。何という商売人の目。というかこの世界に来てから商人と縁がありすぎである私。


「そうだなぁ、貴重な品だから一本こんなもんかな」


 取り出した算盤そろばんをぱちぱち弾くエンリケさんだった。


「ほぅほぅ、意外とお安い。では、あるだけ買い取りましょう」


 サツマイモの数を“鑑定”し、それに見合った値段になるようエンリケさんの算盤を弾く私であった。


 にやりとエンリケさんが笑う。


「……気前がいいねぇ。ケチケチとしていない取引相手は大切にしなきゃな。これからもよろしく、ってことで」


 そう言って算盤をはじき直し、だいぶ安めの値段を提示してくるエンリケさん。安くしてくれるというなら断る理由はないので、にっこりと笑いながら握手を交わす私たちだった。


 ちなみに算盤の珠は現代のものより多かった。時代を感じるね。





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