第70話 桟橋計画


 エンリケさんとは末永い付き合いをしたいので、あとで窓口として今井宗久さんを紹介しておこう。宗久さんも硝石を買い占めているなら南蛮商人と取引があるはずだし。


 と、そんなことを考えながら船倉から甲板に出ると、なにやら騒々しかった。


 困ったような顔で集まる船員たち。その中心にいるのは――ずぶ濡れになった三ちゃんだ。どうやら海に飛び込んで、さっきエンリケさんが使ったロープで昇ってきたらしい。


「わしは織田三郎信長! 我が妻が南蛮船に攫われたと聞き、隣 の 船 よ り 泳 い で 参 っ た !」


 攫われてないし。泳いできたって、おのれはどこの宇喜多秀家か。



『……宇喜多秀家が八丈島から泳いできて大阪の陣に参戦したというのは俗説ですらないネタですし』



 マジか。泳いで参らなかったのか。プリちゃんのせいで戦国浪漫が一つ崩されてしまった……。


『そもそも信じないでください。八丈島がどれだけ遠いと思っているんですか?』


 それでも秀家なら。秀家ならやってくれる。


『あなた宇喜多秀家の何を知っているんです?』


 ウィキ〇ディア程度の知識なら……。


 さて。三ちゃんが泳いで助けに(?)来てくれたのは本来なら胸キュンで悶死するところだ。

 でもなぁ。三ちゃん目がキラッキラしているんだよなぁ。好奇心を抑えきれずに周囲を見回しているんだよなぁ。あなた私を助けに来るのは口実で、ただ南蛮船に乗りたかっただけなんでしょう?


 と、三ちゃんが(若干呆れ顔の)私を見つけた。


「ズルいぞ帰蝶! わしだって南蛮船に乗ってみたい!」


 おい。口実はどこいった口実は。


 まったくもーっと呆れながら風魔法の応用で三ちゃんの服を乾かす――直前に、思いついた。


「よし! 三ちゃん! 濡れちゃったものね! 服を買いましょう!」


 なぜなら着飾った三ちゃんはきっととってもカッコイイから!


「服ぅ?」


 あきらかに乗り気じゃない三ちゃんの首根っこを掴んで、まずは乗ってきた弁才船に転移。その後堺に入港した私たちだった。





 堺の湊はなんだか騒がしかった。


 お祭り、という雰囲気ではない。

 よく観察してみると先ほど私が元に戻した小舟(と荷物)が桟橋に横付けされていて、その周りに人が集まっているみたいだ。


 まずは地元である宗久さんたちが事情を聞きに人混みの中に紛れていって、しばらく。宗久さんたちは初老の男性を連れてきた。


 戦国時代にしては小綺麗にしているし、ぱっと見は地味な色合いの和服だけど、生地が高級品であることは察せられる。

 先ほどひっくり返った小舟に積んでいた荷物を買い取った豪商だとか。


 どうやらあの人混みは一度沈没したのにまったく濡れていない荷物を見るために集まっていたらしい。


「このたびは帰蝶様のおかげで大損をせずに済みました。まことになんとお礼を申し上げればよいか……」


 と、荷主の豪商が頭を下げてきた。


「いえいえ、お気になさらず。これも何かの『縁』でしょうから」


 だから謝礼よろしく。これからもごひいきに。とは口にしなかった私である。視線には込めまくったけどね。


「縁ですか。それは大切にしませんとな。……おぉ、そうでした。あまりの嬉しさについつい名乗りが遅れました。手前は武野紹鴎。この堺で会合衆 (自治組織)の一員を勤めさせていただいております」


 たけのじょーおー? どっかで聞いたことがあるような。



『堺の豪商で、茶人。そして千利休の師匠ですね』



 おー、千利休のお師匠様かぁ。ふふふっ、せっかく戦国時代に来たのだし、いつか千利休に抹茶ラテを作ってもらうのが私の夢なのさ。


『そんな夢、捨ててしまえ』


 口調が乱れておりますわよプリ様?


 あ、そうだ。ここには紹鴎さんや宗久さんといった堺の豪商が揃っているのだし、ちょっと話をしてみようかな。


「ところで紹鴎さん。ちょっと儲け話に乗ってみませんか?」


「ほぅ? 儲け話ですか?」


 キラリーンと目を光らせる紹鴎さんだった。



『……武野紹鴎といえばわび茶ですし、質素倹約な人物かと思っていましたが……なんだか主様と同類の臭いが?』



 人を『金にがめつい守銭奴』的な言い方するの止めてもらえません?


 そもそもこの時代の『お茶』なんてよっぽどの金持ちじゃないとできないだろうし。お金の臭いに敏感なのは必然なのでは?


 プリちゃんに突っ込みつつアイテムボックスから紙を取りだし、簡単に湊と桟橋の絵図を描く。


「こんな感じに、大型の南蛮船が接舷(横付け)して荷物の積み卸しができる桟橋を作りませんか? 私が作りますので、使用料をもらうって形で」


「……う~む、なるほど。たしかに直接横付けできれば今日のような事故もなくなりますな」


 堺のことなので今井宗久さんと小西弥左衛門さんも話に混じってくる。


「しかしずいぶんと大きな桟橋ですな」


「これなら南蛮船も数隻横付けできましょうが、さすがに大がかりすぎるのでは?」


「ふっふっふっ、いずれは船も大型化しますからね。こういうのは最初から大きいのを作っておいた方がいいんですよ。あとついでに防波堤も作りましょうか」


「ぼうはてい?」


「海の中に壁を作り、外洋からの波を防ぐことによって、湊の中が穏やかになるのです。そうなれば今日のように不意の大波で小舟がひっくり返ることも少なくなるでしょう」


「ほほぅ、なるほど」


「それがあれば普通の小舟も荷物の積み卸しが楽になりますな」


「これは作らぬ訳にはいきませぬなぁ」


「共同出資ではなく、帰蝶様が一人でお作りになられるので?」


「えぇ、『真法』で作ってしまうのが一番手っ取り早いと思いますけれど」


「……それもそうですな」


「帰蝶様ですしな」


「どうにでもなりますな」


 なんですかその『まぁ理屈はともかく帰蝶様に任せておけばいいか』的な反応は。


 まぁいいや。

 桟橋については堺の会合衆で話し合わないといけないらしいので、私もその会議に参加することになった。




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