第64話 堺へ


 まぁあのブドウ畑は十ヶ郷と中郷で共同管理してもらうとして。あとでワインの作り方も教えようかしら? うまくできたら三ちゃんや平手さんたちにあげればいいし、余るようなら家宗さんたちに売っちゃえばいいものね。


 今日はもう堺に行かなきゃならないし、また後日にでも。


 みんなも起きてきたみたいなので、とりあえず海岸に集合。十ヶ郷の人と隣の郷の人、そして中郷の人たちもお見送りしてくれた。


 見送りに来てくれた市助君をギュッと抱きしめる。そしてクルクル回る。


「市助君! しばしの別れだけど大丈夫よ! 私とあなたの間には姉弟としての強い絆があるのだから!」


「……ん、大丈夫」


 市助君の反応は素っ気ないけど私には分かる! 私とのお別れを悲しんでいることが!



『いえ、まったく悲しんでいるようには見えませんが』



 私には! 分かるのだ! わ~か~る~の~だ~っ!


 存分に別れを惜しんだあと、三ちゃんの視線が怖いので大人しく市助君を地面に降ろす。

 すると、市助君のお爺さんが近づいてきた。


「帰蝶様。堺からの帰り、ぜひもう一度こちらにお寄りください。まだ十分な饗応(歓待)もできておりませんので」


 まぁ饗応というより酒を飲んで騒いでいただけでしたものね。私が出したお酒で。


 三ちゃんは末森城に行かなきゃいけないから転移魔法で帰らせるけど、私は急ぎの用事もないので了承しておいた。市助君とも会いたいしね。


「……あ、そうだ。では鳥居半四郎さんをここで療養させてもらってもいいですか?」


 家臣なので付いてこようとしているけれど、さすがに体力的に不安だもの。


「療養、ですか?」


「はい。あれだけ痩せ細った人をいきなり船に乗せたり堺で連れ回すもの気が引けますし。また戻ってくるまで体力回復に努めてもらえればと」


「そういうことでしたか。お任せください。中郷のやったこととはいえ、こちらにも罪悪感がありますし、客人として遇されていただきます」


「よろしくお願いしますね」


 療養費として幾ばくかの永楽銭を(遠慮を押し退けて)握らせたあと、私たちは船に乗り込んだ。


「……おっ」


 私たちが乗った船が動き出すと、入れ違うように別の船が湊(港)に泊まろうとしていた。


 甲板の上にいるのは坊主が三人。それに、子供が二人。


 たしか十ヶ郷の郷長(市助君のお父さん)の病気平癒の加持祈祷をしに大坂からお坊さんが来ると言っていたし、それかしら?


 くっくっくっ、ご苦労だったな大坂の坊主共よ、郷長の病気はもはや我が根絶しておいたわ!


『何ですかその謎キャラは……?』


 なんというか、こう、ラスボス的な?


『……なるほど、仏教勢力にトドメを刺すラスボスたらんと? さすが主様ですね』


 私はどこのマーラか。プリちゃんは私を何だと思っているのか。


 そういえばあの生臭坊主は十ヶ郷に引き渡したけど、どうなるのかしらね? まぁ私刑リンチされても助ける義理はないのだけど。


 そんなことを考えていると、坊主たちに同行していた少年の一人が私を見つめていることに気がついた。


 あら? もしかして私の美しさに見とれちゃってる? ダメよ私には三ちゃんという人が!


『海に山姥がいるのが珍しいだけでは?』


 誰が山姥やねん。それはもう海姥やん。いや海姥って何やねん。



「――――」



 少年が何か喋った。

 でも、運命のいたずらか、それとも必然か。少年の声が私まで届くことはなかった。


 そのまま少年を乗せた船は港の砂浜に乗り上げ、私たちの船も止まることなく沖に向かっていったので、聞き直すことはできなかった。





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