第670話 閑話 戦の申し子
物見(偵察兵)からの報告に従い、信友が清洲城東方へと軍を進めていると……織田木瓜の旗印が見えてきた。
他に見える旗印は……見慣れぬものばかり。
「殿。敵はどうやら織田三郎(信長)である模様」
「で、あるか」
どうやら信秀は末森城より距離が近い那古野城の織田信長を先遣隊として派遣したらしいなと信友は目算を立てる。信長がこちらの動きを阻害している間に、信秀が本隊を率いてやって来るのだろうと。
「敵が戦力を二分したのなら好都合! 各個に撃破してしまうぞ!」
信友の言葉に兵たちも大声で同意する。
……明らかに数が少ない。
どうやら『守護殺害』という悪評は手元の兵士にも波及し、逃亡兵が相次いでいるらしい。
(いや、むしろ好都合。残った者は忠誠心が高く、獅子奮迅の活躍をしてくれるだろう)
そう自分に言い聞かせるしかない信友であった。
「……殿。川がありますが、いかがいたしましょう?」
河尻与一と織田三位がいない今、最も
「うぅむ、」
信友としては悩みどころだ。
目の前には、清洲城の守りとしても利用している五条川がある。それほど大きな川ではないが、渡河をするなら相応に時間が掛かる。戦の常道であればこの川を天然の堀として防御を固めるところ。
だが、川を挟んでの戦いとなればそう簡単に決着は付かないし、何日もかかる可能性もある。そんなことをしていては後続の信秀本隊が合流してしまうだろう。
「…………」
信友の脳裏に浮かんだのは背水の陣。有名なものとしては項羽と韓信が使ったものがあるが、どちらにせよ川を背にして逃げ道を自ら断ち、味方に決死の覚悟を強いるものだ。
今から川を渡れば、信長たちが布陣する前に渡りきることができる。さらにはこちらが陣形を整える時間もあるだろう。
「――川を渡るぞ! 背水の陣じゃ!」
信友はそう命じ、配下の者たちは次々に川を渡り始めた。
◇
「若様。敵が渡河し始めましたな」
「うむ。背水の陣であったか?」
森可成の言葉に鷹揚に頷く信長である。
「さすが殿。勉学の成果が出ておりますな」
「世辞はいい」
「はっ。それでは……騎馬であれば渡河中に襲撃することもできますが、いかがいたしましょう」
「う~む……。いや、止めておこう。騎馬だけで突撃すれば弓兵から集中的に狙われるし、川に入れば馬の『速さ』も削がれる。敵は渡河をすれば疲労するし、着物や鎧が水を吸って動きが鈍くなろう。そこを突けばいい」
「……そうでありますな」
背水の陣すら最近知ったような人間が、このように実利的な戦の考えをしてみせる。
(やはりこの御方は戦の申し子であるな)
言葉に出すことなく、さらに忠誠心を高める森可成であった。
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