第39話 堺へ行こう
『なぜ主様は後先考えないのですか?』
プリちゃんから『即断即決で素敵!』と褒められてしまった。照れるぜ。
『一度爆発したらどうですか?』
「どういう罵り方!?」
『いくらポーションが良い値段で売れたからといって、鉄砲の買い占めとか無謀すぎです』
「ま~いいじゃん別に。いざとなったら三ちゃんと結婚するときの化粧料(結納金)代わりにしちゃえばいいし」
『結納金が火縄銃とか物騒すぎますね』
「織田信長ならむしろぴったりじゃない?」
『……そもそも、もう結婚する気満々なんですか?』
「え? 私が狙った獲物を逃がすとでも?」
『…………はぁ、』
なにやら万感の思いが込められた『はぁ、』だった。おかしい、ツッコミ待ちだったんだけど。
『……今回の話の元になった鍛冶師、そんなにもいい腕なんですか?』
「いいよ~ビックリだよ~。鉄の金属組織がものすっごい均一。何かのスキル使っているんじゃないかってレベル。もし日本刀を打たせたら国宝が何本か増えることでしょう」
『国宝が……。そこまでのレベルであれば歴史に名を残していても不思議じゃないのですが、該当者がちょっと思い浮かびませんね。堺で鉄砲を作っていたとなると――』
プリちゃんが長考に入ってしまったのでとりあえず(怖い顔した光秀さんを連れて)父様への報告に向かう。
「――というわけで父様! ちょっと堺まで行ってきますね!」
「え?」
「は?」
父様と光秀さんが目を丸くしていた。そういえば銅鉱石を持ちに堺まで行くって伝えてなかったっけ?
いや光秀さんは人に会うときは後ろに控えているから話を聞いていたはずだし、父様も私を監視させている饗談(忍者)から伝え聞いているはず。なのになんでこんなに驚いているのかしらね?
「……帰蝶。儂はてっきり鉄砲の量産について話があると思っていたのだが?」
「あぁその件ですか。饗談に盗み聞きさせていたのなら詳細も知っているでしょう? いい感じに準備しておいてくださいな」
「……気づいておったか」
「むしろなぜ気づかないと思ったので?」
まったく父様は魔法使いという人種を舐めすぎである。
『……いえあなたと同類にされるのは魔法使いが可哀想かと。気配察知なんてできるのはごくごく一部ですし。常時展開できる魔力持ちなんてほぼいませんし』
みんな修行が足りぬのだ修行が。
プリちゃんの指摘をスルーしつつ両手のひらを合わせ、父様に微笑みかける。
「わざわざ饗談に調べさせていたのは、鉄砲量産の重要性を認識していたからでしょう? まさか、美濃守護代ともあろう御方が、四六時中、実の娘を調べさせるような、変態であるわけが、ありませんし?」
「変態……。は、はははっ、そうだとも。武器商人として著名な今井宗久を調べさせていただけのこと。帰蝶が交渉を纏めたのなら話は早い。鍛冶場については儂が整えさせようではないか」
乾いた笑いをする父様だった。光秀さんが『この娘馬鹿……』とつぶやいていたのは聞こえなかったふりをする。私は優しいのだ。
ただ。
父様は別に優しい人間でも何でもないわけであり。
マムシの鋭い眼光が光秀さんを貫いた。はい、みっともない八つ当たりが始まりますよー。
「光秀。帰蝶が堺にまで行くのなら当然おぬしも同行するのだぞ?」
「は?」
「唯一の家臣であるのだから、帰蝶が何かやらかしたときは全力で隠蔽するのだ。おぬしが失敗すれば主である帰蝶はもとより、美濃守護代斎藤家の名に傷がつくと心得よ」
「…………」
絶望の顔をする光秀さんだった。武士って妻に浮気されたら妻と浮気相手を殺さなきゃならないほどプライドが高いらしいし、守護代家ともなれば尚更のこと。家の名が傷つくことなんてあってはならないし、それを防がなきゃいけない光秀さんの心労、察するに余りある。
あるのだけど、なぜ私がやらかすこと前提で話が進んでいるのか。解せぬ。
まぁでも父様からはすんなり許可が出たことだし、家宗さんたちに話を通して堺まで同行させてもらおうかな。
あ、途中で尾張を通るらしいし、尾張に入ったら三ちゃんに手紙を出そうっと。ちょっとくらい会えるでしょうきっと。
◇
堺まで行く話をすると、家宗さんたちは驚いていた。まさか本気でついてくるとは思っていなかったらしい。
『美濃守護代の娘が商人に同行するとかありえないですからね』
常識なんてぶっ壊せー。
私は転移魔法が使えるけど、転移魔法は(一度行ったところじゃなければ)目視できる場所にしか移動できない。
だから稲葉山城から目視できる山頂へ転移、そこからまた別の山頂へ。と、それを数回繰り返せば堺まで一時間もかからずにいけると思う。
ただ、堺がどこにあるかは知らないし、堺を案内してくれる家宗さんたちがまだ美濃にいるので一人で先行してもしょうがない。というわけで家宗さん、宗久さん、隆佐君と弥左衛門さんと一緒に堺へ向かうことになった。
養生院(治癒術院)や薬の製造はもう私がいなくても回していけるのでお任せして。津やさんと平助さんに食事の準備を改めてお願いしてから出発することになった。
「というわけで津やさん! 堺まで行ってくるのでよろしくお願いしますね!」
「……はぁ、あんたも忙しい人だねぇ」
なぜかため息をつかれてしまった。きっと気軽に旅ができる私を羨んでいるに違いない。
『そもそも『お姫様』なんですから気軽に旅ができるはずがないんですけどね』
プリちゃんのツッコミはスルーして津やさんとの会話を楽しむ。
「帰りは転移魔法で一瞬だからそんなに時間はかからないと思います。通信用の魔導具を置いておくので何かあったらご連絡ください」
前世の防犯ブザーみたいな形をした魔導具を渡すと津やさんは興味深げに覗き込んでいた。
「はぁ、こんな小さな道具で会話ができるのかい? 真法ってのは凄いんだねぇ」
津やさんたちにも『魔法』ではなく『真法』と教えていたりする。
「あ、そうだ、堺って貿易都市みたいですけどなにかお土産欲しいですか?」
「おみやげ?」
なぜか首をかしげる津やさんだった。あれもしかしてお土産って概念がない?
『お土産の起源には諸説ありますが、江戸時代の参勤交代で武士が買って帰ったものが始まりとされていますね。この時代ですと寺社仏閣を参詣したときの、神札などの授かりものを渡すのがせいぜいでしょうか?』
まだお土産文化がないのか。となると説明も大変だなぁ。
「う~ん、なにか珍しいものがあったら買ってきましょうか?」
「そんな恐れ多い――っと、遠慮しても無駄なんだよね?」
「ふっふっふ、私と津やさんの仲じゃないですか! 今さら遠慮は無用ですよ!」
「一体どんな仲なんだろうねぇ……。まぁいいか。それじゃ珍しいものがあったらお願いするよ」
「任されました。じゃあ行ってきます!」
元気いっぱいに片手を上げると津やさんは呆れたように一つ息を吐いた。
「はい、いってらっしゃい」
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