第144話 おかえりなさい
まったく父様はひどい人である。私の三ちゃんを『うつけ』呼ばわりするだなんて。
『まぁ、あなたに比べれば信長は真っ当な人間ですものね』
どういうことやねん。
≪むしろ帰蝶は『人間』という区分でいいのか?≫
どういうことやねーん。
≪……ところで、親から結婚を反対されていたが、それはいいのか?≫
ふっ、分かってないわね玉龍。真実の愛とは障害が大きければ大きいほど燃えるものなのよ!
『どちらかというと『燃える』じゃなくて『萌える』なのでは?』
結婚反対されて萌えるってどんな特殊性癖やねん。
≪……よく考えれば、おぬしが親の言うことを聞くはずがないか≫
末期の思春期みたいな物言い、やめていただきたい。
まぁ父様とはあとでじっっっくりとお話しするとして。いくら中身がアレだとはいえ、『美濃国主』の発言というのはそれなりの重さを持ってしまう。
つまり、美濃国主斎藤道三が一度話を断った以上、平手さんは一旦尾張まで帰ってお義父様に報告しなきゃならないのだ。
今度は美濃から尾張にまで人をやるべきだろうし、そうなると適任は長井秀元さんか武井夕庵さんあたりだろうか……。
そんなことを考えながら私たちは稲葉山城の城下町を歩いていた。もちろん
ちなみにいつも付いてくる光秀さんは父様に捕まっていた。たぶん報告とか色々あるのだろう。
津やさんと平助さんの経営する茶屋の前に立ち、深呼吸。元気いっぱいにお店の中に一歩踏み込んだ。
「恥ずかしながら! 帰って参りました!」
≪あぁ、たしかに存在自体が恥ずかしいのぉ≫
ジャーマンスープレックスするわよ?
急に叫んだせいか津やさんはビックリして動きを止めていたけど、私だと認識して小さくため息をついた。
「……誰かと思ったら帰蝶ちゃんかい。堺まで行ってきたにしちゃあずいぶん早いじゃないか」
「ふっ、津やさんに早く会いたいから急いじゃいましたよ」
「はいはい」
呆れつつもちゃんとお茶を準備してくれる津やさん。そういうところも大好きだ。
『……津やさんも普通に『帰蝶』って呼んじゃってますが、あなた城下町では『胡蝶』って名乗っていたんじゃありませんでしたっけ?』
そんな昔の設定、忘れました。
『自分で作った設定のくせに……』
呆れられてしまった。だって偽名とか面倒くさいからしょうがないじゃん。
それはともかくとして、津やさんに堺のお土産を手渡すことにする。
最初はアクセサリーでもないかなぁと思ったけど、まだ気軽に買う文化がなかったのかいいものが見つからなかったし、町人がそういうのを付けていると悪目立ちしそうなので諦めた。
というわけでサツマイモや昆布といった食材、あとはワインと芋酒をお土産として渡した私だった。
「あらまぁこんなにも高いものを……ちょっと恐縮しちゃうねぇ」
「ふふふ、気にしないでください。これからも美味しい料理を作ってもらいますからね。先行投資ってヤツですよ」
「せんこーとーしってのはよく分からないが、帰蝶ちゃんが気にするなっていうのなら気にしないことにするよ」
と、津やさんが玉龍に視線を移した。
「なんだかまた変わった髪色をしたお嬢さんだが、帰蝶ちゃんの友達かい?」
おっと、そういえば今の玉龍は人間形態だったわね。
「そうですねぇ。拳で語り合った
≪……らいばる、の意味は分からんが……拳で語り合った? 最後の方は一方的にボコられただけだった気が……≫
まったく人聞きが悪すぎである。こんなにも か弱く心優しい美少女である私が動物(馬)をボコるはずがないでしょうに。
『か弱い……?』
≪か弱い……?≫
『心優しい……?』
≪心優しい……?≫
ステレオで首をかしげるの、止めてもらえません?
まぁ二人への物理的なツッコミは後回しにするとして。今は津やさんとの久々の再会を喜びましょうか。
「あ、そうだ津やさん。私がいない間に何か変わったことがありましたか?」
「変わったこと、ねぇ。稲葉山の御城から『帰蝶ーっ! まだかーっ!』という野太い叫びが響いてきたって噂は何度か聞いたね」
何をやっているのか父様……。いや父様じゃない可能性も……いやいや父様以外にいないか。
「あとは、そうだねぇ。ちょっと変というか、嫌な噂が広まっているね」
「嫌な?」
「……帰蝶ちゃんのお兄さん、斎藤義龍様が実は道三様の子供じゃなくて、前の美濃守護――土岐頼芸様の子供だって噂が、ねぇ」
『道三の妻である深芳野は元々土岐頼芸の愛妾であり、道三に下賜されています。そして、下賜された翌年に義龍が生まれたため、義龍は道三の子供ではなく、土岐頼芸の子供ではないかという説があります』
女性を下賜するとか怖いな戦国時代。
まぁしかし、その話は私も何となく聞いたことがある。たぶん義龍が道三を討ち取っちゃったから信憑性が増したのでしょう。
『実際のところ、義龍が土岐頼芸の息子だった場合は、道三を討ったあと『親殺し』の汚名を避けるためにも土岐頼芸を美濃に呼び戻して『土岐』姓を名乗るはずですし、そうしなかったのだから土岐頼芸の子じゃなかったのでしょうね』
子殺しはともかく、積極的に親殺しした戦国武将って義龍くらいしかいないものね。他は異説があったり人質に取られた結果だったりと。名将言行録でひたすらに『性格悪い』と貶される武田信玄ですら親の追放で留めているほど、この時代の親殺しはタブーなのだ。
ふぅん、しかし、噂ねぇ?
今日はそろそろ日が暮れるし、明日にでも調べてみようかなと考えていると、
「おっと、忘れてた」
津やさんがどこか気恥ずかしそうに
「――お帰り、帰蝶ちゃん」
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