第654話 閑話 信友、合戦準備
清洲城から火の手が上がるのを見た織田信友は慌てて城へと戻り――その惨状を目の当たりにした。
焼け落ちた城内の守護邸。まだ火の手は収まらず死体の確認もできないが……尾張守護・斯波義統の生存は絶望的だろう。
「――この、
ここまでするつもりはなかったのか、蒼い顔をしていた河尻与一と織田三位を容赦なく殴り飛ばす信友。
「し、しかし、」
「我らもここまでするつもりは……」
「ええい! うるさい! 言い訳など聞きたくもない! この馬鹿共が! これで我らは尾張国中から攻められることになったわ!」
いくら下克上の世の中とはいえ、下克上をしたあとに穏便な結末を迎えられるとは限らない。むしろ『逆賊』は他の連中が集まり喜んで叩くことだろう。――出る杭は打たれるものなのだ。
籠城の準備を。
そう命じようとした信友であるが、止めた。自刃した斯波一族の怨念か、今の清洲城は火災によって大きな損害を受けていたためだ。
まず、守護邸近くにあった米倉の多くが焼け落ちた。ほかにもいくつか建物に延焼したし、重要な防御施設である櫓も一つ燃えているのだ。
このような状態の清洲城では、長期の籠城は難しいだろう。
いかにするべきか……。
「大和守(信友)様」
悩む信友の側に、甲冑を着たままの家臣が膝をつく。
「守護邸から脱出した侍女によると、若武衛様(斯波義統嫡男・義銀)は本日川狩りをするため城を出ていたとのこと」
「ま、まことか!?」
「侍女の話によれば、でありますが」
「ええい、真偽の確認などいらぬ! 川だ! 川を探せ! 何としても義銀を城に連れ戻すのだ! 何人使っても構わん! 急げ!」
斯波義統が死んだとしても、『次』の義銀が手中にあればまだなんとかなる。義銀を守護の座に着かせ、前と変わらず傀儡とすればいいのだから。
「ははっ!」
信友の意図を察した家臣は守護邸の消火作業をしていた連中も引き連れて城を出て行った。
キッ、と。信友が河尻与一と織田三位を睨め付ける。
「何をしておる!? おぬしらは兵を集めろ!」
「は、はぁ」
「しかし、すでに兵は集まっておりますが……」
「屋敷を取り囲める程度の兵で、何ができる!? 戦じゃ! 戦の準備をせよ! 集められるだけ集めろ!」
義銀が確保できればそれでいい。
だが、義銀が逃げ延びた場合や、万が一守護邸の中で焼け死んでいた場合は致命的となる。――謀反人、織田信友。織田信秀(信長父)はこの機を逃さず攻め込んでくるだろう。
信秀が『守護
(信秀の軍はまだ今川義元との合戦の傷が癒えていないはず。奴らが準備をする前に動けば勝機はある)
無論、その勝機はかなり薄い。
那古野城の城主は斯波義統が目を掛けていた織田信長であるし、那古野城がすぐに落ちなければ信友の軍勢は那古野城を取り囲まなければならない。そんなことをしていては信秀の救援に横やりを突かれよう。
さらにいえば。
のんびりしていれば動いてしまう。
美濃のマムシ――斎藤道三が。
道三も美濃東部、そして西部における連戦によってそう簡単には軍を動かせはしないだろう。が、それも那古野城で時間を取られれば分からない。
もはや信友に選択肢などない。
だが、不幸中の幸いにして、強敵である信秀も、道三も、今の状況では全力を出すのは難しい。
まずは乾坤一擲の攻勢で那古野城を攻め落とす。続いて攻め寄せてくる信秀の軍勢を撃破する。
そんなこと、できるものかと諦観しながらも信友は指示を止めようとはしなかった。
いくら薄かろうとも、勝機はある。彼もまた戦国の世を生きた男。そう簡単に諦めはしないのだ。
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