第653話 閑話 光秀と一鉄


「じゃあ、よろしくお願いしますね光秀さん。三ちゃんに会ったらよろしく言っておいてください」


 なんとも気軽な様子の帰蝶に送り出され、光秀以下近衛師団は美濃を発った。


 近衛師団、とはいえ美濃東部を蹂躙したときほどの戦力ではない。


 まず、蹂躙の原動力となった鉄砲隊はまだ大坂の淀城に留まっている。帰蝶であれば転移魔法で数百人程度簡単に連れてこられるはずだが、どうやら彼女に動くつもりはなさそうだ。


 面倒くさがっているのか。光秀を信頼しているのか。後者だといいのだがなと思うしかない光秀であった。


 鉄砲隊はいない。

 大砲も、壊れたまま修理も補充もされていない。どうやら鍛冶師の八板が「こんな質で渡せるか!」と気炎を吐いているらしい。こちらとしては多少質が悪くても数を揃えて欲しいのだが……。


 近衛師団は光秀が美濃東部にいたときも人員を募集していたらしく、規模は5000人を超えそうなほどに拡大していた。


 この時代に、自在に動かせる5000の兵。敵から見れば悪夢だろうが、光秀からしてみても悩ましい。


 まずは集めたばかりなので訓練が足りていない。そして規律も浸透していない。帰蝶がいればその恐ろしさで従順になるだろうが、彼女は各地を飛び回っていたのでそこまで恐怖が行き渡っていないのだ。


 そしてなにより。実戦が初めての人間も多い。


(大丈夫だろうか……。いや、これを統制してみせてこそ近衛師団の大将か)


 決意を固める光秀。

 そんな彼の元に、一人の男が近寄ってきた。


 稲葉一鉄。


 今回の戦には斎藤道三の軍監(お目付役)として長井道利が同行しているが、どういうわけか一鉄までもついてきてしまったのだ。


 帰蝶のことだから面白がっているのだろうなぁと思う光秀。是非も無し。


 ちなみに光秀と一鉄は家臣の帰属をめぐって争いになり、それが本能寺の一因になったともされるので……光秀が思っているより重要な邂逅となる。かもしれない。


「おや光秀殿。緊張した面持ちで」


「一鉄殿……。えぇ、お恥ずかしいことですが、さすがにこの規模の兵を指揮するのは初めてでして」


「ははっ、なに、お気にめさるるな。これほどの規模ともなれば守護(国主)でもなければ動かしたことなどないでしょうからな」


「そう言っていただけると……」


「しかし、親戚とはいえ、帰蝶様も気前がよろしいですな。このような若造――失礼。光秀様に5000もの兵を任せるとは」


「…………」


 ほぉ、これは試されているなと察する光秀。ここで「若造だと!?」と憤慨しては見切りを付けられるし、かといって笑ってやり過ごせば舐められよう。


「はははっ、東部では二つの城を落としましたからな。それを評価してくだされたのでありましょう」


「…………」


 口ぶりは尊大ながら、相手の反応を見極めようとするような目をする光秀。そんな彼の態度を、一鉄はいたく気に入った。


「はっはっはっ! しかり! 然り! その歳で城二つも落としたとなれば、これは実力を認めなければなりませんなぁ!」


 快活に笑いながら一鉄がさらに光秀との距離を詰める。


「……山城守(道三)様は織田三郎(信長)とやらが動くと期待しておりましたが、光秀殿はどのようにお考えで?」


「三郎ならば動くでしょう」


 迷いなき即答に一鉄は思わず目を丸くしてしまう。


「我らは山城守が清洲城に貼り付けていた饗談(忍者)からの一報で兵を動かしました。――その我らよりも早く、三郎殿の軍は清洲に攻め寄せると? 信友を清洲城から釣り上げる・・・・・と?」


「三郎の速さ・・であれば、十分あり得るでしょう」


「そこまでの人物ですか」


「そこまでの人物でなければ、あの帰蝶が大人しく『嫁』などしておらぬでしょう」


「…………」


「あぁ、いや、大人しくはしておりませぬか」


「……えぇ、大人しくはしておりませぬな」


 うんうんと頷き合う光秀と一鉄であった。是非も無し。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る