第617話 Let's献上


 この時代の『おもてなし』というのは部屋に雉やら鯉やらを飾り付け、いくつかのお膳に分けて運んでくるらしい。なお雉や鯉は食べるわけではない。いともったいなし。


『ざっくりした説明ー』


 もはや過去の遺物なのだからいいじゃない。


 ……そう、過去の遺物。


 おもてなしの際の式三献とは、客と接待者が三度お酒を酌み交わすこと。そんな式三献を絶対に避けたい三ちゃん(歴史に残る下戸)と、土師器はじき撲滅を掲げる私は結託しておもてなし大改革を断行したのだ。


 というか、この時代のおもてなし料理って冷たいものばかりで単純に美味しくないし。


 まずは斯波義統さんを天守へと招き、エレベーター(魔法の絨毯)で最上階へご案内だ。もちろん義統さんは魔法の絨毯を見るのが初めてなので目を丸くしていた。


「なんと面妖な!」


 プカプカと浮かぶ魔法の絨毯におそるおそる足を載せ、何度か踏みしめ、これまたおそるおそるよじり登った義統さんである。


 恐れることなく絨毯に乗ってみせた三ちゃんを目の当たりにしている私からすれば「情けないなぁ」という感じなのだけど、絨毯に近づこうともしない側仕えさんたち(遠くから「殿! 危険で御座います!」とか叫んでいた)に比べれば勇気あふれているのかもね。


「……おぬしらは来ずとも良い」


 そんな側近たちに呆れたのか、あるいは空飛ぶ絨毯をさっさと楽しみたいのか冷たく言い放つ義統さんだった。いい性格しておられる。


 結局義統さんと三ちゃん、そして私が乗り込んでエレベーターは最上階へ。ちなみに大きめの絨毯を使っているので三人乗ってもまだまだ余裕がある。


「――なんという絶景であろうか!」


 天守最上階からの眺めに感嘆の声を上げる義統さんだった。


 まぁ、それも当然と言えば当然。

 今の時代には視界を遮るような高層建築なんてないし、眺めは抜群でしょう。高い山に登ればあるいはこれに似た光景を見ることができるかもしれないけど、守護という立場で山登りができるのかどうか怪しいし。


 正面に見えるのは木曾三川と伊勢湾。湾内には安宅船の他に南蛮船まで浮かんでいる。

 東に広がるのは濃尾平野。日本には珍しい大規模な平野であり、『今』はまだ江戸の治水と埋め立てができていないのだから日本トップクラスの平野と言えるでしょう。


 三ちゃんが地球儀を見て地球が球体だと納得できたのは、天守から地平線を見渡していたからという説があるんだっけ?


 人の手で作られた、山の頂上から見たかのような絶景。それを目にして義統さんもご満悦のようだ。


「三郎よ。気に入ったぞ。素晴らしいとは噂で聞いてはいたが、まさかこれほどとは……。何とも見事な眺めであるな」


「はっ、お褒めにあずかり恐悦至極に存じます」


 恭しく頭を下げながら、三ちゃんは(特に打ち合わせもなかった)その提案を口にした。


「この天守、武衛様(斯波義統)に献上いたしたく」


 ほぅ、そう来るか。

 まるで悪役のように口角を吊り上げてしまう私であった。


『悪役というか』


≪ただの悪というか≫


「悪という言葉は生温いというか」


 解せぬ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る