第41話 少年は悩む
光秀さんが連れてきてくれた馬二頭を馬車に繋いで、準備完了。
せっかくなので家宗さんたちも馬車に乗ってもらうことにする。
この馬車は四角い本体の前に露天の御者席が付いているというスタンダードなタイプだ。
御者(馬を操る人)は私。最初は光秀さんがやると立候補したけれど、『やったことないですよね? 万が一馬を暴走させて(私に)ケガをさせたら大変なことになりますよ?』と脅した――じゃなくて指摘したら大人しく引き下がった。
光秀さんは武士だから馬に乗ることはできるだろうけど、馬車用の長い手綱で二頭一緒に操ったことはないはずだからね。みんなの安全を考えるとこればかりはしょうがない。回復魔法でケガは治せても、痛いものは痛いのだ。
ちなみに私は一時期冒険者もやっていたので自分で馬車を操るのもお手の物だったりする。
『長く生きていると色々な
やかましいわ。
この馬車の本体は四人乗りだということを話したら隆佐君が御者席に乗りたいと希望したので隣に座らせることにした。光秀さんと家宗さん、宗久さん、弥左衛門さんが馬車本体の中に乗ったのを確認してから出発だ。
「――ほぉ! これは快適ですな! 馬に乗るより揺れが少なく感じます!」
隆佐君が少年のように目をキラキラさせていた。いやこの時代だと元服(成人)迎えているかもしれないけど、前世的にはまだ少年なので違和感はない。
ちなみに。
この馬車には前世で作った板バネ(リーフスプリング)が搭載されているので乗り心地は(それなりに)快適だ。さすがに未舗装の道路なのでときどき大きく揺れるけど。
やはり舗装道路は欲しいわよねぇ。
そんなことを考えながら隆佐君の案内で道を進んでいると、隆佐君がちらちらとこちらを見ていることに気がついた。
…………。
これは、もしやあれでは?
綺麗なおねーさんが近くにいて胸がドキドキバクバクしてしまう思春期的なアレでは? ダメよ私には三ちゃんという人が!
『あれだけ突拍子のない言動を目の当たりにしているのですから、それはないかと』
夢くらい見たっていいじゃない。
現実から目を逸らすように隆佐君に問いかける。
「何か気になることでも?」
「っ! さすがは帰蝶様、自分の心などお見通しでありましたか」
いやあれだけチラチラ見られれば気づくわよ。
私の心の中のツッコミはもちろん通じず、隆佐君はしばらく悩んだあと私に向き直った。
「――御仏は、この戦国の世をいかにお考えなのでありましょうか?」
仏じゃない私に聞いてどうするのか。
と、いうツッコミは悩める少年を前にしてグッと飲み込んだ私である。
「……そういうことはお坊さんに問うべきでは?」
「御仏の化身へ直接問いかける無礼は百も承知。しかし、手前は仏僧という存在を信頼しきれぬのです。得度を受けながら淫乱にふけり、魚鳥を食すうえに平気で人を殺す。手前はまだ幼少だったのでよく覚えていませんが、十年ほど前には仏僧同士で争い京の都を火の海にしたというではないですか」
『おそらく天文法華の乱のことですね。延暦寺と法華宗(日蓮宗)の抗争で、敗れた法華宗側は21の寺に火を放たれ、数千人が殺害されました。この乱における京都の焼失面積は応仁の乱以上だったといわれています』
どうしようもねー……。
呆れている私に気づかぬまま隆佐君が続ける。
「さらには帝すら蔑ろにする強訴。金融業においては無理な取り立てを行い、それでも金を返せなければ人身売買にまで及ぶと聞きます。そんな仏僧を、手前はどうにも信じることができぬのです。仏僧に比べれば、遠く故郷を離れた異国にまで布教に向かうという伴天連のなんと高潔なことであるか……」
「…………」
あー、なるほど。
仏僧への不信感から
別に人の信教を否定するつもりはない。
でも、この当時の基督教が高潔かと言われると……。
「……基督教徒も奴隷売買やっているしなぁ」
しかも詰問すれば『売ってくる日本人が悪い!』と開き直って責任転嫁してくるし。
この時代(1548年)ならまだ日本人奴隷が輸出されるような事態にはなっていないでしょうけど、キリシタン大名との貿易が始まると……ねぇ。
天正遣欧少年使節の千々石ミゲルって人が『旅行の先々で』日本人奴隷を目撃したと書き残されているし、各地で目撃できるほどの奴隷が輸出されたんでしょうね。
「な、なんと……っ!」
隆佐君が驚愕していた。少年の甘い憧れを壊してしまったことにちょっとした罪悪感。……もういっそのこと破壊し尽くしてしまおうかしらん。毒を喰らわば皿までの精神よ。
『どっちかというと『毒を喰わせる』なのでは?』
プリちゃんのツッコミを聞き流しつつ隆佐君に微笑みかける。
「今の南蛮(ヨーロッパ)では魔女狩りが盛んに行われていて――4万~6万もの無実の人々が処刑され――あとは今から30年くらい前に教会が免罪符ってものを売り出して――つまり金を払えば極楽に――」
歴史のちょっと怖い話をしてみると隆佐君はガクガクと震え始めてしまった。
『……主様って純真無垢な少年を堕落させる趣味でもあるのですか?』
堕落って何やねん。どういう目で見とんねん。
ここまで怖がらせるのは不本意だったので、最初の質問、『御仏は戦国の世をどう思っているのですか?』に答えることにする。
たぶん隆佐君は『何で仏様は救ってくださらないのですか?』と不満に思っているのよね?
まぁ私は仏様じゃないし、仏様に会ったこともないので、知り合いの神様を見た感想になってしまうけれど。
「……神様なんてね、しょせん人間とは違う生き物なのよ」
「へ?」
「人間を救う神様もいるし、人間を破滅させる神様もいる。でもそれはあくまで人間からはそう見えるだけの話で、神様は神様の理屈で動いているだけなの。神様からしてみたら、ただ『世界』をより良い方向に持って行こうとしているだけで。その結果に至るためならば、どれだけの人間が犠牲になろうとも許容できてしまう。だって、それよりもはるかに多くの人を幸せにできるから」
「…………」
「だから、神様に救ってもらおうと考えるのは止めておきなさい。神様、そこまで暇じゃないから。そこまで優しくないから。――自力救済。まずは自分が幸せにならないとね」
「…………」
私の言葉を受けて隆佐君は何度も目を瞬かせていた。う~ん、あくまで元の世界での話だし、やはりこの世界の人間には通じない理屈だったかしら?
「……少し、考えさせていただきたく」
「うん、それがいいわ。若いんだから存分に悩まなくちゃね」
その後は隆佐君も質問してくることなく。私たちは静かに墨俣を目指した。
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