第637話 閑話 城下町を歩く
何とも鮮やかな手腕であった。
斎藤道三は稲葉山に攻め込んだ安藤を逆に討ち取り、美濃西部を侵食。瞬く間に土岐頼芸の命を風前の灯火にしてしまった。
あのまま勢いに乗って土岐頼芸の居城に攻め込まなかったのはさすがに攻勢の限界点を超えたのか、あるいは……まだ何か企んでいるのか。早急に見極めなければならないだろう。
戦勝の言祝ぎ。
そして、道三の狙いを看破するため。稲葉一鉄はまだ情勢の落ち着かない西美濃をあえて離れ、稲葉山へとやって来た。
「……なんともはや」
稲葉山では驚きの連続だった。
まずは長良川の対岸からもよく見える白き城。道三が稲葉山城を巨大な城に作り替えたとは噂で聞いていたが、まさかここまでとは……。
そして城下町の発展具合。
先の戦で燃えたばかりだというのに、城下町の復興は驚くほどに進んでいた。もはや復興計画があらかじめ策定されていたとしか考えられぬほどの早さ。
そして何より、人が多い。
いくら復興が早いとはいえ、まだまだ建築途中の建物は多いというのに。そんなことは関係ないとばかりに人々が行き交い、銭が飛び交っていた。
道三という男は戦は強くとも、統治はそれほどではなかったはずだ。悪くはないが、目を見張るほどではない。そもそも『民』のためではなく『一人の女』のために国を盗ったのだから当然といえば当然か。
そんな道三の統治下で、よもやここまでの発展をするとは……。
これは『次』の斎藤義龍の手腕か。普通に考えればそうなるだろう。
だが。
稲葉一鉄はどうにも他の何者かの意志が介入しているように思えてならなかった。誰かの突拍子もない発案を、誰かが堅実に進めているかのような不均衡さ……。
その違和感の正体を確かめるため、一鉄は城へ向かう前に城下町を歩いてみることにした。
商人や町人も多いが、武士も多い。
いや本当に武士かどうかは分からぬが、少なくとも戦闘訓練を受けている者たちであることは察せられた。
いくら戦国大名のお膝元とはいえ、守備兵の他に、これだけの数の武士(兵士)がいるのは異常だった。この時代の戦の主戦力は農民兵。大きな戦が終わった今、農民兵はそれぞれの土地に帰っているはずなのだから。
(まさか、この連中は常に稲葉山に駐在しているのか?)
さらに疑念を深めることとなった一鉄は、ふと気づいた。とある屋敷の前に人々が詰めかけていることを。
立派な屋敷である。年月を感じさせるから、おそらく土岐頼芸勢による焼き討ちを免れたのだろう。
とてもではないが民には縁のない屋敷。だというのに、どう見ても屋敷の関係者に見えぬ貧相な身なりの者たちがたむろしている。
養生院。
と、屋敷の門には大きな表札が掲げられていた。
稲葉一鉄の地位が高いことを察してか、あるいはその頑固そうな見た目を恐れたのか。自然と人混みが割れたので一鉄は迷うことなく屋敷の敷地内に入った。
中で行われていたのは――この世のものとは思えぬ儀式であった。
まだ年若い女性が、よく分からない呪文を唱えると……みるみるうちに患者のケガが癒えていった。
治癒術というものがある、というのは
そんな治癒術が、一鉄の目の前で行われていた。
その光景を目の当たりにした人々は涙を流し、手を合わせている。
「薬師如来の奇蹟じゃ……」
「ありがたや、ありがたや」
「それもこれもすべて帰蝶様のおかげよ……」
――帰蝶。
マムシの娘でありながら、薬師如来の化身と崇められる存在。
道三の娘であれば演技としか思えぬが、
――これは、
どうにかして機会を作れぬものか。そんな算段を立て始める一鉄であった。
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