第127話 返礼品


「――では! 拙者が腹踊り・・・をば!」


 そう叫んで上着(小袖)を脱ぎ、腹に筆で顔を描き出す佐久間信盛さん。恰幅がいいのでかなり似合いそう。というかこの時代にも腹踊りはあったのか。



『戦国時代にあったかどうかは不明ですが……腹踊りの起源は一説によるとトルコの伝統舞踊『Aşuk ile Maşuk』だとされていますね。腰の部分に偽物の腕までついているのでかなりクオリティは高いですよ』



 腹踊りにまで詳しいのか。どうなっとるねん百科事典プリニウス


 と、信盛さんがいよいよ踊り出すというところで視界が真っ暗になった。


「帰蝶、いくら酒の席とはいえ、いかんぞ」


 どうやら三ちゃんが手で私の目を覆ったらしい。なるほど嫉妬ね? 他の野郎の半裸は見せられないと! 愛されているわね私!


『家臣の痴態を見せたくないだけという可能性も……』


 夢くらい見させてください。


 そんなこんなで宴もたけなわ。

 具体的に言うと死屍累々。


 無礼講となった宴会はもう筆舌に尽くしがたきカオス(尽くしてしまうと信盛さんを中心とした若手の集団腹踊り)へと発展し、もはや当初の目的など水泡ならぬ酒泡に帰している。


 ちなみに私は『透視』もできるので三ちゃんが目を覆おうが問題なく腹踊りを楽しめていたりする。


『……悪用しないでくださいね。具体的に言うと信長の着替えを覗くとか』


 そうか! その手があったか!


『自重しろポンコツ』


 まだやってないのに。解せぬ。







 家臣の多くが酔いつぶれた頃。


「嫁殿からの数々の贈り物に対して返礼の品を持たせなければならぬのだが、あれだけ素晴らしいものを送られては何を返せばいいか思いつかぬのだ」


 と、お義父様。

 なんか史実の信長も秀吉の妻、ねねさんにそんな手紙を書いていたわね。親子だから考え方も似てくるのか。


『ちなみに信長は宣教師が初めて尋ねてきたときも直接面会せず、あとで家臣に『海を越えてやってきた者たちに払うべき礼儀が分からなかったのだ』と言い訳していますね。結果としてねねに返礼の品を贈らず、わざわざやって来た宣教師には会わない。気を遣いすぎて逆に無礼になってしまうのは信長の特長でしょうか?』


 なんというか、不器用な男である。


 もしも三ちゃんがそういうことをしたら妻として裏でフォローしなくちゃね!


「……そういえば、爺から聞いたぞ。嫁殿は馬に乗れるそうだな?」


「え? あ、はい。故郷ではよく乗っていました」


 ここで言う『故郷』とは異世界前の世界のことである。まぁお義父様からすれば『美濃で』と聞こえるだろうけど。


「で、あるか。嫁殿からの贈り物には遠く及ばぬが、せめて好きな馬を選ぶがいい」


 返礼品として馬をくれるらしい。私の贈り物の中にも馬はあったけど、目録を渡しただけで直接は持ってこなかったからね。目に見える返礼品として(周りの人間に向けたアピールとして)使うのは丁度いいのでしょうきっと。







 さすが戦国武将の御城だけあって、御殿のすぐ近くに厩(馬小屋)があった。


 いや『小屋』って規模じゃないわね。幅20メートルはありそう。

 馬小屋というと貧相な建物を想像しがちだけど、ちゃんと茅葺きの屋根がついていて、床にも板材が敷いてある。襖をつければ人間が寝起きしても大丈夫そうだ。


 お義父様の案内で厩に向かう。興味があるのか三ちゃんと十ちゃんもついてきた。ちなみに光秀さんは柴田勝家さんに捕まり早々に撃沈していた。


 まぁ仲が良さそうなのでそれはいい。の、だけど。厩に近づくにつれ馬が騒ぎ出したのは気のせいかしらね? その混乱が拡大しているのは気のせいよね?



『……馬は本来臆病で繊細な動物とされていますからね。主様が近づけばああ・・なるでしょう』



 どういうことやねん。


 興味深そうにお義父様が髭を撫でる。


「ふむ、ここの馬たちはそれなりに鍛えているのだが。ここまで騒ぎ立てるとは……。よほど嫁殿が恐ろしいとみえる」


 なんでやねん。


 とうとうお義父様に突っ込んでしまう私だった。


 う~ん、ここはいっそ威圧ズウィンで大人しくさせてしまおうかしら? と、私が半ば本気で検討していると――


 柵が吹き飛んだ。


 いくつかある馬房(個室)のうち、一番奥。なにやら他よりも広く作られている馬房の出入り口をふさいでいた柵が、蹴り壊されたのだ。


 のっそりと。

 馬房の中から白馬が出てくる。柵を壊した張本人(馬)が。


 ……いや、馬かあれ?


 なんか他の馬より一回りも二回りも大きいし、めっちゃ筋肉質。なにより目つきがヤバい。何人か蹴り殺していたとしても納得できる獰猛さだ。色が黒かったらクマと間違えそうなほど。



『さすがにクマとは見間違えないのでは?』



 大きさと獰猛さの比喩です、深く考えてはいけません。


「……ふむ、そういえば、今日は『あやつ』がいたのだったな」


「あやつ、とは?」


「先日購入したばかりの馬でな。力が強く、体力もある良い馬なのだが……気性が荒すぎて誰も乗りこなせなくてのぉ。とりあえず馬房に押し込んでおいたのよ」


 頭おかしい逸話たっぷりな戦国武将が乗りこなせない馬ってなんやねん。もう馬の形をしたドラゴンとかグリフィンなのでは?


「――――」


 あ、白馬がこっち見た。


 なんか『喧嘩売ってんのかこのアマ』とガンを飛ばされている。気がする。



『まぁ、主様は存在するだけで喧嘩を売っているようなものですし』



 どういうことやねーん。


 突っ込んでいると白馬が突っ込んできた――親父ギャグみたいになってしまった……。


 三ちゃんとお義父様、十ちゃんを危険な目に遭わせるわけにもいかないので、とりあえず一歩前に出て暴れ馬と対峙する。


 ちなみに誰も『危ないから逃げろ!』と止めてはくれなかった。か弱い美少女が暴れ馬の前に出たというのに。


『是非も無し』


 解ーせーぬー。


 そんなやり取りをしている間に白馬は突撃してきて――衝突する寸前に立ち上がり、前足で私を踏みつけようとしてきた。そんな白馬の蹄を私は両手で受け止める。


 推定500kg越えの重量が私にのし掛かってくる。それだけでは飽き足らず私の頭を噛んでくる白馬。いやさ駄馬。


「――いったいわっ! この駄馬が!」


 せぇい! と駄馬に足払いしてぶん投げる私。駄馬はゴロゴロ転がったあとすぐさま立ち上がり、睨め付けてきた。どうやら少し痛い目を見たくらいでは闘志は消えないらしい。


「ふっふっふっ! その意気や良し! “竜殺し”の称号を持つ私が直々に冥土に送ってあげましょう!」


 こうして。

 私と駄馬の戦いは切って落とされたのだった。



『……なんですか、これ?』



 プリちゃんの呟きは儚く風に消えていった。



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