第561話 閑話 出世しないといけませんね(暗黒微笑


 南蛮船に馬廻衆たちを押し込んで、数日。


 特に問題なく南蛮船は堺の湊に到着した。


 いや、台風並みの大風が吹いたおかげで予定より早く堺に着いたのだが、そこはやはり天候を味方に付けてしまう信長らしいと言ったところか。


 ……ついでに言えば船内にすし詰め状態にされたうえ、大風によって存分に揺さぶられ続けた馬廻衆たちは大部分が船酔いをしていたのだが……まぁ一日ほど休息を取れば問題はないだろう。


 信長が船から大桟橋に下りると、見張りからの報告があったのか今井宗久が出迎えてくれた。


「これはこれは信長様。本日はどのようなご用件で?」


「うむ。我が妻のたのみ勢(援軍)よ」


「……さすがで御座いますな」


 何か納得したように頷く今井宗久。

 どういうことかと信長が問う前に宗久は踵を返し、信長を堺の町の外へと案内した。


 非常識なまでに大きな水堀。しかし帰蝶が作ったと聞けば「ほぉ、加減というものを覚えたのだな」と感心したくなるのだから不思議なものだ。


 そんな水堀の先。洪水の影響か更地になった土地には……多くの馬が放牧されていた。


 馬というのは図体がでかいので実際の数よりも多く錯覚してしまうものなのだが……それでも、100を優に超えているように見えた。


 さすがは堺。馬の数も桁違いかと信長が感心していると――


「――あら、やっぱり来たのね」


 聞き慣れた声が掛けられた。


 信長が振り向くと、そこにいたのは長尾景虎であった。帰蝶の家臣というか、協力者というか、友達というか……。信長もいまいちその関係性を理解していない女人だ。


「景虎殿。『やっぱり』とは?」


「うん? 帰蝶ちゃんがね、乗る人もいないのに馬の訓練をしろとか言ってきたから、これは三郎が軍勢でも引き連れてやって来るのかなぁって」


「……で、あるか」


 帰蝶が手のひらの上で転がしているのか。自分が単純なだけか……。どちらにしてもあまり喜ばしいものではない。気がする。


 まぁいいかと信長は思考を切り替える。


 馬がある。

 人がいる。

 ならば、一暴れもできるというものだ。


 信長の馬廻衆は一人一人が馬を持てるほどの余裕はないが、いざというときのために少ない馬を乗り回して訓練に励んでいる。……馬さえ準備できれば、騎馬武者となる。それが信長の馬廻衆なのだ。


「では、あの馬を使ってもいいのか?」


 信長の質問に今井宗久が恭しく頭を下げた。


「あれらの馬はすべて帰蝶様の所有物。なれば、夫である信長様が使っても何の問題もないでしょう」


「で、あるか」


 普通ならさすがに問題しかないのだが。まぁ、帰蝶であるしなと納得する信長である。


「しばしお時間をいただければ、川を遡上するための船とき手も準備できます。無論、馬もご一緒に」


 この時代に川を遡上する場合、川の横の道を進む人や馬に牽引してもらうのが一般的なのだ。


 ……堺の場合は河童が曳くのかもしれないが。


「いくら堺とはいえ、これだけの人と馬を載せられるだけの船があるのか?」


「最近は一向一揆が淀川の岸に布陣したせいで輸送が滞っておりましてな。川船も大量に余っているのですよ」


「それだけの船を借りる銭はないぞ?」


「そこは、出世証文(出世払い)にて」


「……で、あるか」


 もしかしたら帰蝶が代金を払っていてくれたかも。そんな淡い期待は完全粉砕された信長であった。この男、帰蝶と出会ってから借金ばかりが膨らんでいく。







※申し訳ありませんが、花粉が酷くて執筆が難しいので明日の更新はお休みします。よろしくお願いします。

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