第601話 鉄砲とか内紛とか


「今川義元と言えば」


 再び扇子を私に向けてくるお義父様。


「おぬしは少しくらい加減せよ」


 謎のお説教をされてしまった。解せぬ。


「心当たりが多すぎてなんのことやら」


「そういうところであるぞ」


 こういうところであるらしい。


「嫁殿には言いたいことが山ほどあるが……さし当たっての問題としては鉄砲じゃな」


「鉄砲ですか?」


「うむ。これからの時代は鉄砲よ。尾張でもさっそく鉄砲隊を編成しようと準備に取りかかってみれば……鉄砲も、弾薬も、まるで手に入らぬではないか。今川義元も苦労していると聞くぞ? とりあえず国友に注文は出したが、納入はいつになることやら」


「あー」


 堺と結託して鉄砲弾薬の流通を押さちゃったものね。私が。あとの有名な産地である国友はまだ手を出してないけれど、国友でも量産が始まるかどうかって時期だし、一つの産地だけで需要をまかなえるはずも無しと。


 堺経由でも買えないことはないけれど、以前よりかなり割高になっているというか割高にしているし。元々鉄砲は高価だったのだから、部隊を編成できるほど集めるのは困難なのでしょう。


「しかし、お義父様だけではなく今川義元もですか。史実でもこんなに早く注目していたんでしたっけ?」


「史実とやらは知らぬが、義元めも東濃攻略の様子は当然調べさせておるだろうからな。鉄砲に注目しない方がおかしかろう」


「あー」


 つまり史実になかった戦いのせいで、別の史実が狂ってしまったと。なるほどこれが歴史を変える者の宿命か……。


『あなたが自重すれば良かっただけの話ですね』


 解せぬ。


「鉄砲ですか。大阪での戦いも一段落しましたし、夫の実家なのですから適正価格で販売してもいいですよ?」


「ほぅ、それは助かるな。早速200ほど……いや、いきなりは難しいか。まだまだ鉄砲を「役に立たぬ武器」と見なしている者は多いのでな」


 周りの意見も重要と。戦国大名と言えば独裁者ってイメージが強いけど、そこまで好き勝手にはできないのかしらね?


『それに現状の織田弾正忠家は勢いがありますが『戦国大名』かと言われると……』


 守護の家臣の家臣なんだっけ? まぁその辺はいずれ尾張を制するのだから覚えなくてもいいでしょう。


『とにかく雑。生き様が』


 倒置法(?)で罵られてしまったでござる。


「そこで、じゃ」


 ぱしん、とお義父様が扇子で自らの膝を打った。


「近衛師団とやら、尾張に派遣してはくれぬか?」


「尾張に、ですか?」


「うむ。那古野城で馬揃え(軍事パレード)でもして、集中運用された鉄砲の威力をその目で見れば、小うるさい連中も黙るであろうからな」


「ふぅん……?」


 もちろんそんなのは表向きの理由なのでしょう。


 美濃の精鋭にして短期間で東濃を制した近衛師団の派遣。

 末森城ではなく那古野城へ。

 そして、小うるさい連中を黙らせる。


 ――濃尾同盟。


 織田信長と、斎藤道三の強い結びつき。


 それを家中に見せつけることこそがお義父様の狙いなのでしょう。


 もちろん近衛師団が大手を振って那古野までやって来れば、そのまま城を攻め落とされる可能性もある。それを理解しながらもなお派遣要請をするというのが……なんというか、お義父様らしいわね。


『織田信長も、史実において自らが出陣したあとの城の留守番を斎藤道三に依頼していますからね』


 親子ってことか。


 ……そう、親子。


 たぶん、某腹黒親子が織田信広(信長庶兄)にちょっかい・・・・・を出していることを掴んで、牽制する意味もあるのでしょう。織田弾正忠家嫡男としての三ちゃんの地位が確固たるものとなれば、織田信広も後継者争いを諦めるでしょうし、もし諦めなくても周りが付いてこないから。


 つまり、自分の息子たちが相争う事態を回避したいというのが本音と。


 なんとも甘いことだ。戦国時代なのだからその辺はもっとドライでもいいと思うのだけど。


 ……ただ、まぁ。

 そんな甘さが、好ましくないと言えば嘘になるけれど。


『人間、自分にないものに憧れると言いますしね』


 まるで私が甘さの一切ない無容赦鬼畜人間であるみたいな物言い、やめてもらえません?



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