第623話 閑話 斯波義統


 守護邸のある清洲城へ馬を走らせながら、尾張守護・斯波義統は上機嫌さを隠すことができなかった。


 ――織田三郎信長。


 うつけであると聞いていた。

 優秀な弟に家督を奪われるのではないかと危惧されていた。

 だが、実際に会ってみればどうだ?


 あの歳であれだけの城を築いてみせる手腕。

 今川義元相手に一騎打ちをしてみせる剛胆さ。

 苦労して築いた『天守』とやらを迷いなく献上してみせるしたたかさ・・・・・


 さらに言えば奇っ怪な術を使うマムシの娘をよく御しているし……『天下布武』を語ってみせた。


 なるほどあれが信秀の『次』であるか。

 義統の胸に熱いものがこみ上げてくる。

 それはかつて自らが見た夢。信秀に託そうとした希望。


 ――斯波家かつての領国。越前の奪還。


 三郎ならばやるかもしれぬ。

 かつては信秀に期待したが、斎藤道三によって打ち破られた夢。


 だが、三郎は信秀よりも若く。勇壮で。かの斎藤道三の娘・帰蝶を妻として迎え入れた。

 しかも尾張一国ではなく『外』を見る器もある。


 三郎が味方となれば――取り戻せるであろう。越前を。かつての領国を。あの憎き朝倉の手から……。


 くくっ、と義統は喉を鳴らす。


「まさか死日(マグロ)を食わされるとはな」


 守護に向けて死日を出す不敵さ。守護すら黙らせる威圧。そして、母親と同じように・・・・・・・・奇妙な術を使う。なるほどあれこそがマムシの娘なのであろう。

 あんな恐ろしき女を妻に迎えながら、なおも平然としている三郎の何と剛胆なことか。


 ――武者に死日を食わせる。それは常識や慣例の否定に他ならない。


 つまり、今までの織田大和守家ではなく、織田弾正忠家を守護代にしろという無言の要求なのだ。何とも回りくどいが、逆に言えば義統が気づくかどうか試されていたのだろう。

 そして、義統は見事に狙いを看破し、『神輿』として認められた。


 ……もしもプリちゃんが聞いていれば『あの人、そこまで考えていないと思いますが』と助言するだろうが、残念ながらこの場にプリちゃんはいない。


 くくく、くくくっと義統は笑い続ける。


「死日――いや、マグロであったか。あのマグロは美味かったのぉ」


 死日と忌み嫌われていたマグロがあれほどまでに美味かったのだ。


 うつけと忌み嫌われていた三郎は、どれほどの男になることやら。


 斯波義統は、期待せずにはいられなかった。




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