第599話 ダークネスな割に甘い


 朗らかなやり取りで緊張感もほぐれてきたところで。まずはお義父様が切り出した。


「東濃を落とし、すでに隣国(信濃)の木曾に対しても誼を通じておるそうだな」


「やはりお隣さんとは仲良くしませんとね」


「ふん、ほざきおるわ。……木曾程度であれば攻め落とすことも容易かろう? むしろ、あちらの準備ができていないうちに信濃への道を確保しておいた方が良いはず。そうしなかった理由は何だ?」


 ちょっとお義父様は近衛師団の力を過信しすぎじゃないですかね?


 いやまぁ補給にはまだまだ余裕があったし、こちらの士気も旺盛。今のうちに狭くて長い峠道を越えて信濃に足場を築いてしまう方がいいというのはよく分かる。


 そうしなかったのには理由があるし、そんな質問をしてくるのだから、お義父様も薄々勘づいているのでしょう。


 私は人差し指で床板の一点を指差した。頭の中でイメージするのは日本地図。そのほぼ真ん中に位置する厄介な相手。


「――武田晴信」


「……家臣に担がれ、実の父を追放した男か。そこまでの人物か?」


「そうですねぇ。若い頃はそれほどでも。手痛い敗戦もありますし。……しかし、彼の恐ろしさは敗戦から学び、孫子の兵法を実現させ、ついには『戦わずして勝つ』の境地にまで至ったところですね」


「嫁殿がそこまで評価するとはな……。なるほど、美濃の盾として木曾を使う腹づもりか」


「近衛師団もまだまだ練度が足りませんしね。……故郷を守るためならば木曾さんも頑張って戦ってくれるでしょう。そして、もし負けても武田に出血を強いることができますし。そこを突いてしまえば楽に勝てるというものですよ」


「恐ろしき女よな。三郎は苦労しそうじゃな」


「むしろ三ちゃんの将来の宿敵を排除してしまうのですから、楽々な人生なのでは?」


「そういうところであるぞ?」


 こういうところであるらしい。とうとうお義父様からもツッコミを入れられてしまった。解せぬ。


「ふむ、『盾』があるなら東濃はしばらく平穏だろうが……。マムシめは土岐をつついておるようじゃな?」


「そうですね。父様がやる気を出したので、まずは土岐を排除して名実共に美濃守護に。そして、いずれは郡上八幡(北美濃)も制圧してしまいましょう」


「まだまだ美濃は荒れそうか」


「ですね。なので、今のうちに尾張も色々と片付けてしまった方がよろしいかと」


「簡単に言ってくれるのぉ」


 やれやれとばかりに扇子で私を扇ぐお義父様だった。


 ま、分かっているでしょうけど一応釘を刺しておきましょうか。


「息子が何人いようが、当主にできるのは一人ですよ?」


「……分かっておるわ」


「見た目が怖いくせに妙に甘いところがあるのは好ましいですが、いつか自分の首を絞めますよ?」


 身内に甘いのは三ちゃんにも受け継がれちゃったのかしらね?


「見た目が怖いは余計じゃ」


 ふん、と鼻を鳴らすお義父様であった。



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