第37話 阿伽陀
ある日。
生駒家宗さんが美濃にやってきた。今井宗久さんと小西隆佐君、そして見慣れぬオジサンを伴って。
宗久さんと隆佐君は久しぶりの再会だ。やはり堺まで行ったり来たりするのは時間がかかるらしい。この世界にワイバーンでもいれば騎龍として調教してあげるのにね。
『ワイバーンを乗りこなせるのなんて主様くらいだと思いますが』
そんなことありませーん。誰でもできまーす。師匠は足短いから無理かもしれないけどー。
プリちゃんの相手をしていると見慣れぬオジサンが自己紹介してきた。
「お初にお目にかかります。手前、隆佐の父で小西弥左衛門と申します。武家の作法には疎いので何か無礼があるやもしれませぬがお含み置きください。薬師瑠璃光如来様におかれましては――」
おい。
なんでデフォで薬師瑠璃光如来扱いされとんねん。
犯人であろう隆佐君をジトーッとした目で見つめると、隆佐君は『委細承知』とばかりに深く頷き、弥左衛門さんにそっと耳打ちした。
「父上。かの御方は今現在『帰蝶』様と名乗っておられますので」
「おぉ、そうでしたな。仏の化身、あるいは応身というものでしたか。失礼いたしました帰蝶様」
「……あー、もうそれでいいですハイ」
説得が面倒なので放り出した私だった。仏からほど遠い私の言動を知れば勘違いに気づくでしょう。
『……どうでしょうね』
なにやら含みのある言い方だった。なるほどつまり私の魅力は事実すらねじ曲げてしまうと言いたいのね?
『違います』
違うらしい。
「ええっと、それで弥左衛門さん。本日はどのようなご用件で?」
私としては今井宗久さんの後ろにある木箱(たぶん注文した火縄銃10挺)が気になって仕方がなかったのだけど、自己紹介されてしまったのだから先に対応しないとね。
「はい。先日いただいた『
ポーションの名前は阿伽陀で確定らしい。まぁ戦国時代にポーションって名前は似合わないから別にいいんだけど。
「お気になさらず。人間健康が一番ですからね」
「……何と慈悲深い」
わなわなと震える弥左衛門さん。さすが親子、反応がそっくりである。
「帰蝶様。無礼な願いであることは重々承知しておりますが……阿伽陀を我ら小西党で扱わせていただくことは可能でありましょうか?」
「量産して売って欲しい、ということでしょうか?」
「はい。是非とも」
熱い視線を向けてくる弥左衛門さんだった。
う~ん、どうしようかな?
ポーションの量産は簡単だ。医療用ナノマシンを株分けして、増殖するための『エサ』と一緒にビンに封入しておけばいいのだから。本来目に見えないほど小さなナノマシンが液体に見えるのはこの『エサ』が原因である。
基本は株分けと『エサ』の準備だけで増えるから私以外の人間でも作製することはできる。
問題はポーションが広まりすぎて通常医療が衰退し、そんな状況で何らかの理由によってポーションの作成方法が途絶えてしまうこと。医療が衰退し、ポーションもない。それはあまりにも危険な状態だろう。これから治癒魔法も広めていく予定だとはいえ。
「……やはり難しいですか?」
不安げに問うてくる弥左衛門さん。ここは素直に問題点を教えてしまいましょうか。
私の不安を伝えると弥左衛門さんはなぜか『未来のことまで考えて――!』と感激していた。もはや箸が転がっても感動しそうな勢いである。
「帰蝶様のご心配は最もです。しかし、阿伽陀があれば多くの人間が救われることも事実。ここは何とかご再考願えないでしょうか?」
「う~ん」
まぁ量を作らなければ問題ないかな、と考えていると弥左衛門さんが懐から紙をとりだした。
「お値段は一本このくらいでいかがでしょう」
…………。
ほぅほぅ。
越後屋、おぬしも悪よのぉ。
と、ゲスな笑みを浮かべたくなるほどいいお値段だった。
「困っている方々は見捨てられませんからね。いいでしょう、阿伽陀を譲り渡しましょう」
決して、絶対に。金に目がくらんだわけではない。ないのだ。
「おぉ! そうですか! これで多くの人を救うことができます!」
キラキラした目を向けられて罪悪感に押しつぶされそうになる私だった。金に目がくらんでごめんなさいー。
「そ、それに、これだけの値段をつければ普通の薬と競合することもないでしょうしね」
せめて罪悪感を少しでも薄めようとそんな言い訳をしてみると、
「なんと! 我ら薬種問屋のことまで考えてくださっていたとは! この弥左衛門、金で解決できたと安堵した自分が恥ずかしくなりまする!」
がつーんと畳に頭を叩きつける弥左衛門さん。なぜか私の評価が急上昇していた。解せぬ。
『……ほんと、主様って自分を善人に見せるのが得意ですよね』
見せてないですが? 根っからの善人ですが? 本性が悪人みたいな言い方止めていただけません?
『それよりも、以前『ポーションを大々的に作るのは無しで』とか言っていませんでしたか? 自分で。金に目がくらんだとはいえ前言撤回が早すぎるかと』
「ふっ、プリちゃん。君子は豹変すという言葉を知らないのかな? これは間違いを認めて即座に訂正するという意味で――」
『金に目がくらむ俗物を『君子』とは言いません』
俗物って……。今日もツッコミの切れ味鋭いプリちゃんであった。
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