第38話 鉄砲量産



 とりあえずポーションは前の世界で作った在庫を渡しておいた。定期的に売るならそろそろ在庫補充しておかないとね。


 そして。いよいよ。

 私はわくわくしながら今井宗久さんに向き直った。私のわくわくを察したのか宗久さんは苦笑している。


 宗久さんが背後の木箱を手前に置いた。縦の長さは1mほど。横幅もかなりあるのでたぶん10挺並んで入れられているのだろう。


「お約束通り火縄銃をお持ちいたしました」


「わっほぉい!」


 正座しながら畳の上をずりずり移動し木箱の前へ。


 同席していた光秀さんが『もっと姫らしい言動を』とばかりに咳払いをするけれど、無視だ無視。その程度の意思表示で軍オタが止まるものかいな。


 宗久さんが孫を見るような目をしながら木箱の蓋を外した。――おぉ! 火縄銃だ! 正・真・正・銘ッ! 鉄砲伝来初期の! 戦国時代当時の火縄銃だっ!



『作りたての新品に『当時』も何もないと思いますが』



 プリちゃんのツッコミは聞こえぬ。なぜなら火縄銃が目の前にあるから。

 ほうほう装飾もない実戦向けの火縄銃だね。やはり銃床は肩当て式じゃなくて頬当て式か。命中率が下がるけど、そもそもこの時点の火縄銃は狙撃をできるようなものじゃないので問題なし。百発百中の光秀さんがおかしいのだ。


 ……あれ?


 ふと冷静になった私は数を数えてみた。1、2、3……うん、やはり11本あるね。注文数は10挺なのに。セット購入のサービス品? あるいは初期不良に備えた余剰分?


 一応鑑定してみると、ほとんどがBランク品なのだけどAランク品が1本あった。数打ちの量産品であればBランクが普通で、Aランクなんてまずお目にかかれないはずなのだけど。


「あの、宗久さん? この1本だけ高品質な気がするのですが」


「――っ! さ、さすがは帰蝶様。一目で見抜かれるとは……。説明が遅れたことお詫び申し上げます。10挺は注文の品ですが、その1本は鍛冶師が渡してきたものでして。帰蝶様のご意見を伺いたいと思い持参した次第です」


「鍛冶師が?」


「はい。今回のご注文は幾人かの鍛冶師に依頼したのですが……。その、腕は良いのに気むずかしい者がおりまして。帰蝶様に対して無礼ではあるのですが、その鍛冶師いわく『見抜けたならこの品質で作ってやるよ』と」


「ほほぉ」


 なにやら面白そうな鍛冶師だなぁと興味津々になりながらより深く鑑定する。


 10挺の火縄銃はいわゆるウドン張りというもので、ごくごく簡単に説明すれば鉄板を丸めて銃身を作ったもの。

 対する高品質な1本はウドン張りの上からさらに細長い鉄板をリボンのように巻き付けて強度を増したもので、葛巻きと呼ばれるものだ。


 通常ならウドン張りは数打ちの量産品に用いられたとされているけれど、『今』は鉄砲が伝来してから数年しか経っていないし、まだ作成方法が確立していないだけかもしれないね。


 つまり、その鍛冶師さんとやらは作成方法すら手探りな現時点で高度な葛巻きを作ってみせたわけであり。


 アイデアも凄いけれど、驚愕するべきはその腕前だ。鑑定眼アプレイゼルを使える私には分かる。銃身の金属組織が均一に整っている――つまり、それだけ上質の鍛鉄ができていることを。


 この人、日本刀を作らせたら天下の名刀を打ってみせるのでは?


 しかも葛巻きができるってことは――作れるのでは? 1548年の日本で。鍛・造・大・砲を!


「すっごい……。宗久さん。その鍛冶屋さん、うちで雇っていいですか?」


「は? ……いえ、その者にはいずれ堺で火縄銃の量産を任せたいと思っておりまして、」


「そうなんですか? じゃあ堺じゃなくて美濃で量産しません? 場所と資金は提供しますよ?」


「……帰蝶様の庇護を受けられることは魅力的ではありますし、美濃であれば原材料も入手できるでしょうが……できた火縄銃を尾張まで運び、船に乗せて出荷すると考えますと利益が――」


 堺ならそのまま船に乗せられるけど、美濃で作ると陸路で尾張の港まで運んでから出荷しなきゃいけないから余分なお金がかかってしまうと? 火縄銃って重いから大量輸送も難しいだろうしねぇ。


 あ、そうだ。


「じゃあ、できた火縄銃はすべてうちが買いましょう」


「す、すべて、でございますか……? まだ量産体制は整っておりませんが、年間500挺を目標に生産していこうと考えているのですが」


「ふむふむ、1年に500挺となると『鉄砲3,000挺』まで6年ですか。まぁそんなものでしょう」


「さ、さんぜん……?」


「すべて買い取るとして、一挺おいくらになりますか? 大量購入するんですから『お勉強』してもらえると助かるんですけど」


 この時代に『お勉強』という隠語が通じるかどうか知らないけど、まぁたぶん自動翻訳ヴァーセットのスキルが頑張ってくれるでしょう。頑張れ自動翻訳ヴァーセット


 自動翻訳ヴァーセットが頑張ってくれたおかげか宗久さんは私の言いたいことを理解してくれたみたいだ。


「そ、そうですな。場所と資金を提供していただけるなら25貫……いえ、20貫でいかがでしょう?」


 日本円にすると200万円くらいかな? まぁ量産開始直後ならそんなものでしょう。だんだん安くなっていくでしょうし。……1,000万とかふっかけられなくて良かったぁ。


「ではそれでいきましょう。これからよろしくお願いしますね?」


 私がにっこりと笑うと宗久さんは少し言いにくそうに口を動かした。


「つい話が弾んでしまいましたが、件の鍛冶師は変わり者でして……。素直に美濃まで来てくれるとは限らないのですが」


「その時は、まぁ仕方ないので諦めましょう。火縄銃の量産と買い占めはしますから大丈夫ですよ」


「そう言っていただけると助かります」


 こうして。

 火縄銃の量産と買い取りが(ほぼノリと勢いで)決定したのだった。今さらだけど背後に控える光秀さんがどんな顔をしているか確認するのが怖いでござる。


 え~っと、とりあえず父様に報告して、場所を準備してもらって、鍛冶座にも話を通して……購入代金はポーションの売り上げを使うとして……足りなかったら灰吹法で銀を絞り出すしかないかなぁ。私鋳銭を作るから原材料の銅は手に入るし。いよいよとなったら錬金術で金を錬成しちゃって――



『……鉄砲の買い占めって。あなた世界征服でもするつもりですか?』



 ははは、さすがにそんな面倒くさいことはしないわよ。

 三ちゃんの天下統一の助けになるかも、とはちょっと思ったけどね。



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